「未来」 平子純
あざみが咲いていた。
6月の梅雨の合間の晴れた日曜日、優美は束の間の自由な空気に深呼吸した。公園の紫陽花の葉の陰で蝸牛がやはり角を出し背を伸ばしている。新緑がまぶしい程の日にあざやかに輝いている。木漏れ陽の鹿の子まだらの影に優美は陽介との未来を考えた。二十八才の彼女に婚期は近づいている。彼との交わりは少しマンネリで週一回会う度に続いてはいるが、彼にたいした情熱は感ぜずなんとなくこのまま結婚にまで至るかなと感じている。
彼女にとって二回目の恋だったが、一回目の恋は五才年上の彼とで、あるサークルで知り合い何故か導かれるように彼の抱擁の中にいた。子供だった彼女にとっては魔法の中に迷い込んでいるようで夢心地の日々を過ごした。彼は彼女を裸体にすると、君の躰には星座があるね、星探しをしようと言って彼女の躰中のすみずみまで小さな黒子を探し唇で戯れた。彼女の躰には黒子の小さな渦や星座があり、それを丹念に彼は口付けするのだ。特に彼女の小さな乳房の脇にあるのや腹の横にあるものに口付けされると思わず彼女は声を上げた。
彼はようやくその行為が終わるとやっと唇を重ね今度は彼の歯で彼女の舌を噛んだり吸ったりし、その濃厚さにそれだけで彼女は満足してしまう程だった。やっとそれにも飽きると彼は彼女を裏返し、そのしなやかな躰の線を伝うように背中やお尻に向けて再び唇で伝っていくのだった。
彼は最後の行為にはあまり興味がないようで彼女が喜び小声を上げるのを聞くのが楽しいようだった。彼女は聞いてみた。「私の胸もお尻も小さくて魅力ないでしょ」。彼は笑いながら「小さい方が感じやすいんだ、こういうふうにね」と言って再び今度は乳首に口を当てて強く吸って来た。彼女は耐えられず少し大きく声を上げた。「だろう」と彼は意地悪く笑った。そんな一度目の恋が終わったのは彼が両親とともに東京へ去ってからだ。二人にはお互いに未練はあったが、彼の父親の看護で彼は疲れていったのだろう。いつからか連絡も途絶えた。
二回目の恋は同じ年の同じ職場でのものだったが、彼には女性経験があまりないのだろう愛撫の仕方も接吻の方法もぎこちなかった。むしろ彼の歓喜を優先しているようで彼のものへの接吻を望んだり彼女に恥ずかしい体位を取らせたりするのが嫌だった。その強要が彼女には自分の尊厳が否定されているようでたまらなく嫌で彼への愛情も薄れていた。
六月の陽が激しく照りつけ世界は一気に明るく木々も紫陽花も彼女自身も照らし出した。昨日までの長雨は信じられないようだ。気分さえ浮き出すように。彼女はこう思った。
そうだ、あざみ色の服を着て出かけよう。美容室へ行って髪を切りブロンドに染めよう。(了)