「『魔女の宅急便 』にて」 真伏善人

 こもり部屋のすみっこに置いてある、まがいものの文机にはパソコン、押し込む余地のないブックスタンド、直径三十センチメートルの地球儀、自作の竹製筆立て、小箱にぎっしりのビー玉、その他、我楽多が所せましと載っています。それらを前にしていても、なにか淋しくせつないなあと思うことがしばしばあって、机上に音楽仲間を集めることにしました。
 まずは山高帽のギター弾きにきてもらいました。スタンドマイクに向かってギターを抱える鉄色そのままのカエルくんは、ガマ口を遠慮がちに開いて『少年時代』をあいさつがわりに歌ってくれました。お、これはよきかなと聴いているうちに、ギター弾きにも仲間がいたほうがいいわなあとすぐに思いました。
 次にきてもらったのは南方系のカエルくんです。色黒くんは鉄色くんよりも表情は控えめでガニ股にかまえ、民族楽器をバイオリンのように抱えて、『菩提樹』の間奏を長いこと弾いてくれました。それでも鉄色君くんは文句を言うこともなくギターを抱えたまま、ずうっと前を向いたまま終わるのを待っていました。
 ううむ、これではいつか鉄色くんが怒り出すにちがいないと感じました。それで、ことがあった時に間に入ってくれる演奏家を探し、きてもらったのはチェロ弾きの猫くんです。日本茶の出し殻のような不思議な色をした猫くんは、二匹のカエルくんの倍以上もある体つきで、目立たぬながらバランスのよい演奏をしてくれました。よ、これは大成功とまずはひと安心でした。しかし、まてよ一人で楽しむのはもったいないでしょうが、と今度は聴衆仲間を集めることにしました。
 集まったのは、タダで演奏を聴けるならと真っ先にかけつけたのは四匹のメス猫たちです。怖いものでも見るかのようにかまえているのは、小太りで青い目をした国籍不明の猫。ひょろりとしたシャムは前に花柄の洋服を着せた娘を椅子に腰かけさせて、まだかいなとテンパッてギター弾きを凝視しています。チェロ弾きよりも大柄のペルシャは、ロッキングチェアにふんぞり返って膨らんだ白い腹を見せて目を閉じています。
 さあこれでよしとほくそ笑みました。が、すぐに心配事が持ち上がりました。はたして彼女たちに楽しんでもらえるものが奏でられるでしょうか。何よこんな音楽愉しくも何ともないじゃん、わたしたちの歌のほうがよっぽどましよ、足をはこばせてこの時間のむだをどうしてくれるのよと騒ぎ出し、乱闘になりはしないでしょうか、ということなのです。
 机上には色とりどりのビー玉がぎっしりの小箱があり、これをつかんでは投げというふうになれば、かたやギターやチェロや民族楽器を振りかざして応戦するでしょうし、筆立てにはハサミやカッターナイフがあります。さあ弱りました。しばし打開策一人会議です。
 肝心なことを忘れていました。仕切る者がいなくてどうするのですか。ずいぶん探しました。首に赤いリボンを結んだ、それはそれは頼もしい指揮者が見つかりました。ひと声「ニャオーン」と叫べばだれもが身をすくめるであろう、純黒猫で桁の違うLサイズでした。リボンにぶらさがっているタグネームには、『魔女の宅急便』というホントに本名かしらん赤い印字がしてありました。
 極太尻尾の先っちょをうしろ頭までおっ起てている、とぼけたギロリン目玉の彼女には、机の横の回転するCDラックの上でかまえてもらうことにしました。この位置からはどんな動きでもすぐに目に入ります。
 ようやく黒猫、『魔女の宅急便』にて机上音楽会が開演されました。やれ、めでたしめでたし。てなわけで集成材の文机には重さに耐えてもらって、こちらは、幻想音楽浄土の特別会員としてこもっているところです。