「ウナギの涙」 山の杜伊吹
郡上八幡に悪い人はいない、と聞いた事がある。
私も郡上の人を知れば知る程、郡上人に比べたら、私の住む地域の住人など、極悪人ではないかと思う。
赤ちゃんが産まれて、上の息子の参観の時に困り、ベビーシッターさんに来ていただいた事があった。その人が、聞けば郡上からこちらに嫁いだとっても良い人だったので、安心して赤ちゃんを預けることができた。
その際に、ゆりかごがあるといいのになあという話になった。その人は、自分の子どもたちが使ったものが郡上の実家にあると言っていた。
後日、実家に帰ったついでにゆりかごを持ってきたので、いまから届けると連絡が入った。私と赤ちゃんのために、はるばる取りに行ってくれたのではないだろうか。そして、思い出のつまったかわいい服などと一緒に、わざわざ家までゆりかごを届けてくれたのである。
もう一人、幼稚園のママ友で、郡上から来た人がいる。
幼稚園での付き合いも長くなり「郡上に帰省した時のお土産です」と、トウモロコシをいただいてからだろうか。その後、郡上名物の朴葉寿司、こけっころーる、カブトムシのイラストのTシャツ、保温靴下、ナシ、リンゴ、ミカン、油揚げ、家族旅行のお土産・・・数えきれない程のお土産をもらった。
予期せぬ幸福が空から降ってきた時の、我が家の驚きと喜びといったら!! そのどれもこれもがおいしく、珍しく、嬉しく、我が家は「うまいうまい」とパクつくばかりだ。
だがその後ふっと頭をよぎることがある。お返しは、どうしたら良いのだろうか。なにかしらお返しはするのであるが、とてもいただく量と質には、追いつかないのである。
もらってありがとう。けれどすみません。そう謝り続けるほかない。
この夏の暑さはもの凄くて、太陽との闘いであった。
クーラーをつけないと、汗だく。目の焦点が合わない。めまい寸前。水分補給が追いつかない。食欲が落ちる。そんな時、世の皆さんは、どうするだろうか。
きっと、焼き肉を食べるはずだ。スタミナをつけるために、ガッツリ食べる。血がしたたるような肉を食べて、疲労を回復させるのだ。次の日は、身体が多少楽だと聞く。
だけど私は子どもの頃から肉が食べられないのである。よく勘違いされるのであるが、べつに健康オタクでも宗教上の理由でもない。
では、弱っているとき、なにを身体が欲するか。
それはズバリ、ウナギである。
ウナギを食べるとさすが滋養強壮、目がギラギラして元気になってくるのがわかる。これほどウナギが食べたいと思う夏はなかった。ウナギは赤ちゃんに栄養と水分と体力を奪われている私に必要であった。毎日ウナギを食べに行きたかった。私に残された唯一の道は、ウナギしかなかった。それなのに・・・。
ウナギ屋に行けない。買い物にいたっても。夕方も夜も暑すぎて、外出自体が無理であった。日中、汗だくで赤ん坊におっぱいをやり、おむつを替え、せーので玄関を出る。西日がまともにあたる玄関は一歩出ると、ま、眩しい!! 温度差で頭がじんじん。ふらつきながら赤ん坊の顔に直射日光が当たらないよう太陽を遮り、やっとの思いでクルマの扉を開けると、中は灼熱の地獄。
西に駐車場がある事を恨みながら、触るとやけどするくらい熱せられたチャイルドシートに嫌がる赤ちゃんを装着し、やっとの思いで運転席へ、日差しが痛い。暑さのせいか、赤ちゃんは泣き続ける。銀行、病院、最低限の用事を済ませ、命からがら逃げ帰る。
スーパーに寄る余裕はなかった。帰宅後ぐったりした赤ん坊の顔を見ると、あせものような湿疹ができている。八月は冷蔵庫が壊れ、扇風機が壊れ、クーラーも故障し、最悪の事態となった。もうなにもかもが限界だった。
そんな所へ、友人から「今から行く」とメール。彼女は車で四十分程の所にある、老舗のウナギ屋に嫁いだ。女将をしながら幼児二人を育てる多忙な身だ。その彼女が育児と猛暑に悪戦苦闘する私の身を案じて、ご主人に頼んでウナギを焼いてもらい、なんと、できたてほやほやのうな丼を届けてくれたのである!!
家に老舗のうな丼が届く。これ以上の幸せはあろうか。私は弱っていた。もうアカン・・・と。そこに彼女の優しさと、ウナギの味が心に沁みて、ナミダが出たのである。
こんなにも嬉しいモノをいただいて、なにをお返しできるのだろうか。過去の私の周りの人たちにいただいた親切の数々を思う。その人たちになにを返したら良いかわからず途方に暮れる。郡上の人に、ウナギに、どうするのが人の道なのか。だれか、私はどうしたら良いのか、教えてほしい。