「変わる生き物」 黒宮涼
早いもので、私たちが結婚してから七年が経った。コロナ禍の中、八年目を迎えた私たちに待ち受けていたのは、結婚記念日に予約しようとしていたレストランでコロナにかかった従業員が出たという出来事だった。
その店は、私が見つけた洋食レストランで、ずっと行きたいと思っていた場所だった。家から車で10分ほどの距離だ。夫が予約のために店に電話してくれた。
「数日前に店でコロナが出たんだって」
と夫から聞いたとき、私は衝撃を受けた。こんなに身近にコロナが迫ってきているという事実に驚いたのだ。
「店の人が、すごく申し訳なさそうに謝っていたよ。仕方ないことなんだけれどね。まさかうちで出るなんて、みたいに言っていたよ」
結婚記念日の数日後に、店は再開する予定なのだそうだが、「どうする」と夫に尋ねられて私は首を横に振った。しりごみしてしまったのだ。
「違う店にしようか」
夫の言葉に、私は素直に頷いた。改めて近くの和食屋さんに予約をした。
当日は、久しぶりに着る紺色のワンピースに袖を通し、当たり前のように白いマスクをつけて家を出た。コロナが流行る前は、こんな時期にマスクなどしていなかったので不思議な気持ちになる。改めて世の中が変わったなと感じる。マスクなど花粉症でもない限り、年中着けることなんてなかっただろう。
店に入ると出入り口の横にチラシと同じように消毒液が設置してある。私たちはそれを当たり前のように手に付けると、これまたマスクを着けた女将さんの案内で部屋へ向かう。
ここにもコロナ以後の変化を感じさせるものがあった。
席に着いた私たち夫婦は、さっそく飲み物を注文しようとメニューを覗いていた。
そして、お酒を注文しようか話し合っていた矢先のこと。
「あ、すみません。今日からまたお酒が出せないんですよ」
女将さんの言葉に、私たちは目を丸くした。
「ああ。そうか、今日からか」
すっかり忘れていたが、何度目かの緊急事態宣言が発令されていたのだ。店はお酒が出せない。
「すみません」
謝られたが、こちらも忘れていたので仕方がないと思った。
「じゃあ、ウーロン茶で乾杯しようか」
夫はそう言いながらほほ笑む。私たちは注文後に運ばれてきたウーロン茶を片手に、二人で乾杯した。
畳張りの広い個室で、どこか不思議な気持ちで私はいた。
思い出すのは、この七年間の記憶。出会ったときから含めると約十年になる。あの頃は、こんなに長い時を夫と一緒に過ごすことになるとは想像もしていなかった。
「ああ、もうそんなに経つんだ」
「そうだよ」
私と夫は食事をしながら、あんなことがあったね。こんなことがあったねと、思い出話に花を咲かせた。もちろん、いい思い出もあるし悪い思い出もあった。
思えば人付き合いが苦手な自分が、よく友人の誘いにのって一緒に遊びに行ったものだ。それがなければ、夫と出会うことすらなかったのだろう。夫の事を知れば知るほど、住む世界の違う人だなとあの頃は思っていた。それを今は感じることが少なくなった。私の中で何かが変わっていったのは確かだ。
自分や、その周りにとって、変わるということはすごく大事なことであると思う。それは小さな変化だったり、大きな変化だったりする。そうして変わっていったことが当たり前になっていくのだろう。
人間は環境が変われば、おのずと変わっていく生き物である。環境には適応していかなければならないからだ。
そうしないと生きていけないのだと思う。
人は簡単に変わらないと、きいたことがある。相手を変えるにはまず、自分が変わらないといけないともきいたことがある。私はそのことについては、否定的な意見を持っていない。「変わる」ことは、とても難しいことだ。そしてそれを受け入れることも、難しいことだ。
この世の中にとっても同じことだと思う。私たちはこれからも周りの環境の変化に順応していかなければならない。そうして自分も、変わっていくのだ。
これから行く先々も困難が待ち受けているだろうけれど、私たちならば乗り越えられるはずだ。(完)