新連載・地球一周船旅ストーリー〈海に抱かれて みんなラヴ〉8月12日
【写真は、パブロ・ネルーダの詩を紹介する朗読ボランティアの若者、操舵室でジャパングレイス・狭間俊一事務局長(元船長)から説明を聞く人びと、それぞれの思いを込めてミニコンサートで合唱する乗客たち】
この船旅も、いよいよ最終章に入った。船内を歩く人々の息遣いも日に日に、刻々と、弾んだものに聞こえてくる。ピースボートの名の通り、大人もお年寄り、若者たちも、その多くが「平和な世界」実現への願いを込めた企画を相次いで実施するなど皆さん、誰もが本当によくやっている。
私個人にとっても、帰航するまで102日間に及ぶ地球一周船旅の期間中、多くの人々との出会いがあり、いったん失くしたビデオが戻ってきたなどのドラマとなると、数え知れない。また、私たちのウエブ文学同人誌である新生「熱砂」誕生に至る過程で一時的に本欄を休載せざるを得ないこともあったが、この間皆さんのご理解と協力で、再開することが出来た。幸い、同人全員の弛まぬ努力もあり、新生「熱砂」オープンとともに新作が相次ぎ、仲間たちの健闘には読者への感謝と合わせ船上からエールを送りたい。
きょうは午前8時15分から、いつも通り「~洋上カルチャースクール~社交ダンス【中級】」に出て私たちがあすの発表会で出演する〝ルンバ〟のリハーサルを兼ね、2度音楽に合わせて踊った。
練習の前にあのダンス仲間で私にとっては、いろんな場面で〝先生的存在〟でもある津江慎弥さんから「先日、ニカラグアのコリントで見つけた横笛を差し上げた際、一緒にお渡しすれば良かったのですが。これもコリントで手に入れたものです。どうぞお使いください。やはり、いつも笛をふかれているゴンタさんにお渡しした方が良いと思いましたので」と、とても珍しい木琴に似た打楽器まで頂き感激した次第である。
そして。午前中のレッスンの後は8階右舷後方のデッキへ。ここで1人、海を見つめて自分との対話を繰り返した。
午後は1番で〝ルンバ〟のパートナーである〝キムさん(木村さん)〟から「私たち合唱しますから、ぜひ聴いてください」と誘われていたブロードウエイへ。ここで行われた「合唱しましょう!」ミニコンサートで♪夢の世界を、心の瞳、旅立ちの日…などを聞き、引き続き先日予約しておいた操舵室の見学をし、午後3時50分からは再び、〝ルンバ〟の最終リハーサルに出て、二度踊ったのである。
船内はあす行われる最後の発表会のリハーサル以外にも、この日は外国語の会話塾GETで学んだ人たちの卒業式があったかと思えば、「三島由紀夫の映画上映」(見たかったが、ミニ合唱会と操舵室見学と時間がだぶって断念)「ピースボートスタッフってどんな人?」(主人公はクルーズディレクターの井上直さん、そして田中洋介さん)のコーナーも開設されるなど、相変わらずの1日となった。
合間を縫っての午後茶では私のこれまでの小説について親身になってアドバイスをしてくださっているある女性から、竹で作られ13の音階がある〝サンポーニャ〟と呼ばれる中南米に伝わる珍しい管楽器までプレゼントされ、とても嬉しかった。
私の著作を読んだ彼女は「新聞記者の登場する部分を思い切ってぜんぶ捨て去る気持ちで書いてみたら。きっと、いい作品になると思う」と指摘してくれたが、私自身このところ感じていたことだっただけに、胸元がえぐられる気がした。実際に、これまでの作品から脱皮したものを書かねば……。そして私にしか書けない、これまでとは別の、新しい権太ワールドを生みだし多くの読者の期待に応えよう。
彼女からは「これを読むとよい」と1冊の本を手渡された。
それは浅田次郎の「月のしずく」(文春文庫)だった。
平成二十四年八月十一日
十日が消え、十一日がやってきた。
けさは早く起き8階フリースペースで横笛を、デッキに出てハーモニカを、いずれも久しぶりにふいた。横笛は〈さくらさくら〉〈風の盆恋歌〉〈酒よ〉などを、ハーモニカは〈海は広いな〉〈浜辺の歌〉〈みかんの花咲く丘〉、そして誰かさんが大好きな〈公園の手品師〉をいずれも2度、3度と演奏してみた。
私は繰り返し、ふいてみる。音が風に乗って海面に吸い込まれていく。
社交ダンス教室の方は、発表会を前にルンバの仕上げの段階に入っており、キムさん(木村さん)と本番前の練習に励んだ。キムさんは、ユダヤ人虐殺の悲劇の舞台・ホロコーストへのオーバーランドツアーとその報告会、日本地理クイズへの参加、そしてこのところは「PEACE DAY」の企画出演で東奔西走するなど何事にも全力投球のハッスルレディーだ。お歳は僕より、ほんの少しだけ下のようだがパワフルな活動ぶりは遠目に見ていても、よく分かる。
このほか、きょうは有志提案による「船内問題を考える会」が9階左舷わき廊下でもあり、ある人に教えられてのぞいてみた。席上、水着や下着、アクセサリー、傘などが盗難にあったという女性からジャパングレイス側の対応の悪さなどが指摘され、用事もないのに体にさわってくるキャビンキーパーの存在や、落下したエレベーターが階と階の中間で止まってしまい救助されるまでに40分間もかかった乗客の話、医療の不備から途中下船をやむなくされた例―など無視できない問題が相次いで指摘された。
なかには「途中からの船室替えなど口うるさい人には弱い半面、物言わない弱者に対しては強越しで、落差が大きい」「1番大切なモノ言わぬ足元の大切なお客さんをないがしろにしている」「責任をピースボートと、ジャパングレイスが互いになすりあっている。もうこの船には、乗りたくありません」といった声も。「『ピースボートの船旅は怖いから、ピースボートでのひとり旅はやめましょう』と訴えたい心境です」と言い切る女性までいた。
というわけで、船内での隠された事件、事故は結構多い。
ただ、私が見る限り、そうは言ってもジャパングレイス、ピースボートともに若いスタッフのだれもが、それぞれのポストで懸命に責任感をもって親切に応対し、かつ船内の企画運営にも携わっていることだけは事実だ。要は、互いに相手の立場になって尊重しつつ言うべき点は言う姿勢がほしいな、とも思う。
きょうのハイライトは何といっても夜、ブロードウェイであった『パブロ・ネルーダ~愛と闘いと詩と~』での詩の朗読といえよう。水先案内人の詩人伊高浩昭さんの司会で進んだチリが生んだ20世紀最大の詩人の1人、パブロ・ネルーダ(ノーベル文学賞受賞者、故人)。〈心のなかのスペイン〉〈大いなるうた〉〈絶望の詩〉〈猫の眠り〉など。彼の詩が11人の朗読ボランティアによって紹介された、この日のことを私は生きている限りいつまでも覚えているに違いない。
当然、この朗読会は今後の私の創作活動にとっても、ひとつの弾みとなりそうな、そんな気がするのである。ありがとう、サルバドール(水先案内人・伊高さん)。そして11人の詩の戦士たちよ!