「雨」 黒宮 涼

 合羽を着て、長靴を履いて。更には傘を差したりして。
 いや、合羽を着ているのに傘を差すのは少しおかしいのかな。
 子供の頃は雨の日は傘を差して登下校することが多かった。
 合羽を着るのは少し恥ずかしいものと思っていた時期もあった。
 今は学校へ行く朝、自転車に乗るので合羽を着ることが多くなった。
 雨の日はじめじめして足元が気持ち悪い。
 蛙が鳴くのでうるさい。

 生まれてから中学校に通っていた頃まで、少なくとも私は雨にそんなにいい思い出はなかった。
 今でも少しは嫌だと思うこともあるが、昔ほどではない。
 雨は時に便利だ。
 悲しい時には涙を隠すことができるから。
 雨の中で泣いたのは、今までの人生で、二回あった。
 一回目は、小学校の時。
 ただ、私が教室の落し物箱から何かを見つけて、それがいたく気に入り、雨の中友達に見せに行ったことだけは覚えている。
 その後だ。
 多分、友達が何かを言ったんだと思う。
 取られると思ったのだろうか。
 そこら辺はあまり覚えていないが、衝動的に泣き出したのだろう。
 友達はすごくおろおろしていたと思う。
 雨の日だった。
 傘を持っていたので、傘で泣いているのを隠した。
 ちょうど下校のときだったので、皆がそこにいた。
 私は必死に泣き顔が見られないように顔を隠した。

 二回目は、半年以上前で、まだ記憶に新しい。
 修学旅行の時だったので、よく覚えている。
 その日修学旅行先の沖縄は、朝からスコールのように、雨が降っていた。
 あとで知ったことだが、その日は全国的に雨マークだったらしい。
 かの有名な美ら海水族館へ行き、その後も「とぶ元気村」というカヌーなどの体験ができるところへ行った。
 私は正直、カヌーをやりたくなかった。
 イルカと触れ合う体験をしていた。
 雨が強く降っていた。
 筏が揺れて、少し怖かった。
 初めての体験だったのもある。
 急に、泣きたくなって、他のみんなに悟られないように、泣いた。
 ひょっとしたら、二回とも皆にはばれていたのかもしれないが、私はできるだけ隠した。
 筏の上で、元々この揺れというものが苦手だった私は、一気に感情を爆発させてしまったのだと思う。
 泣いてしまった自分に、ひどい罪悪感を抱いた。

 雨には、良い思い出もある。
 三年前、私はとある施設にいた。
 そこで大変お世話になった女の方がいたのだが、その人は雨が降ると喜んだ。
 雨の中、一人はしゃいでいたのだ。
 何故かと問うと、彼女は言った。
「雨の中にいると、すごく気持ちいい!」
 その時期、私は決して良いとは言えない気分をずっと味わっていた。
 そんな私に、軽く衝撃。
 そんなこと、思ったことがなかったからだ。
 その日、急に雨が降ったので、緊急で外に出ていたものを倉庫にしまうところだった。
 傘なんか差す暇もなく、ただ建物で雨よけをしていた私に、彼女は建物から出てくるように言った。
「傘差してるとき、いっつも思うの。こうしたほうが気持ちいいのにって。でもあんまりできないじゃん。今だけの特権だよね」
 びしょぬれになりながら、彼女は嬉しそうに言う。
 そういうところは、いつもすごいと思っていた。
 私も恐る恐る雨に打たれてみる。
 なるほど、と思った。
 私の中の汚い何かが、洗い流されていくようなそんな気がした。
 すごいと思った。
 今彼女はどうしているのだろうか。私は知らない。
 また雨の日に、外に出たいと嘆いているのだろうか。

 雨はじとじとして毎日降られちゃ困るけど、逆に降ってくれなくても困るもの。
 私はこれからも雨と、仲良くやっていきたいと思う。