「隣のあのひと」  黒宮涼

 三年前に出会ったあの人は、今も私の隣にいてくれている。それはとても幸せなことだと私は思っている。
 先日、私とあの人を出会わせてくれた大切な友人と、久しぶりに会った。怖くてずっと避けていたあの子。あの人の元恋人。
 会いたいという気持ちはずっと抱いていた。けれど、連絡をする勇気がどうしても持てなかった。幾度も携帯電話を握りしめているのに、彼女のアドレスに辿り着かない。チャンスはいくらでもあったのに、結局彼女と実際に会う約束を取り付けてくれたのは隣にいたあの人だった。
「久しぶり」その一言を伝えるのにどれだけのパワーを使っただろう。彼女は緊張して震える私の体を優しく包んでくれた。それだけですべてが許されたような気がする。私は何を怖がっていたのだろうと思った。
 彼女から「おめでとう」という言葉と共に、プレゼントを渡された。すごく驚いたけれど嬉しかった。
「二人とも大事な友人だから、お祝いしようって決めてたんだ」と彼女が言ってくれたので、私は泣きそうになる。会えてよかったと、心の底から思った。
 彼女と色んな話しをした。勿論、「あの人」の話しもたくさんした。彼女の近況も聞いて、私の近況も報告した。久しぶりに会う彼女は、何だか輝いて見える。いや、最初に会ったときから私には彼女が眩しかった。私が彼女に抱いていたのは憧れという感情だったのかもしれない。自分にはないものを彼女は持っていた。それは当たり前のことだ。私と彼女は全く違う人間で、私は彼女にはなれない。そんなことに改めて気付かされた。
 彼女に出会わなければ、あの人と知り合うこともない。私の人生で起こったすべての事柄があの人との出会いに繋がっていた。それはとてもありがたいことで、感謝している。人生に無駄なことは何一つないのだと、私はそう確信している。どれだけ回り道をしてもどれだけ後悔しても、上手いこと出来ているのだ。
 あの人と交際することを決めた時、覚悟したことがある。恐らくこれで私の人生は変わってしまうだろう。今までとは全く違う世界に行くことになる。それは私が怖がっていた私という世界だ。すべてが私次第で動いていく世界だ。でもこれが、私の人生の再出発になるだろう。私は、私を生きることにした。だから勇気を持って、前へ進もう。そう決めた。少しずつでいい。出来ることはそんなに多くない。外へ出ていくのは大変だけれど、あの人と一緒ならもう怖くない。人ごみに脅えても、あの人は隣で手を繋いでいてくれる。失敗して誰かに迷惑をかけても、フォローしてくれる。私にたくさんの愛情をくれる。だから私は、精一杯それを返していくことが出来ればと思う。
 大学を辞めたばかりの頃、亡くなったはずの祖父が生きているという夢をよく見ていた。棺桶からむくりと起き上る祖父。当たり前のように部屋で新聞を読んでいる祖父。出てくるたびに「あれ?  死んだんじゃないの」と疑問に思う私。自分の中で祖父の死を受け入れられていないから夢に見るんじゃないかと知人に言われたけれど、それは違うような気がしていた。あの人と一緒にいるようになって、しばらくしてからのことだった。「もう、行くわ」と夢の中の祖父は突然言った。以来、祖父が夢に出てくることはめったにない。私のことが心配で、ずっといてくれたのだろうか。不思議な気持ちになった。
 私は仏壇の前で手を合わせる。あの人と出会って三度目の春。私たちは家族になる。  (了)