300字小説「夕刻の神隠し」
鞄を残し彼が消えた。私たちはおしゃべりに夢中になっていた。会話が途切れ、部屋にはヒヤリとした空気が流れた。
家中を探したが見つからない。どこに行ったのか。そういえば、帰宅が遅くなるということを家に電話するのを、かたくなに拒んだ。
―駅に向かったのだ。人知れず逢う約束をしているのでは。私たちがおしゃべりに夢中になっている間に、その女に逢いに行ったのだ。彼女は大雨のなか、彼の到着をけなげに待っている。素足のサンダルからのぞく赤いペディキュアも濡れている。
そんなことを考えているとドアが開いた。
「この辺りは花霞って言うんだろ。霞の裏を見てきたのさ」
会が終わり、私は彼との秘密の場所であるジャズバーに向かった。