間違いの搭乗券 眞鍋京子
松下進は京都大学を優秀な成績で卒業した。
ジャイカの一員として多くの途上国や地域で過去の経験を生かし道路の敷設作業に携わっている。一箇所が出来上がるとまた次の国へ取り掛かる。
雨の多い国であっても、進が工事を始めたら雨は直ぐに晴れあがり作業の能率が上がる。
進は何十回も飛行機を利用して海外へ行ったが、雨降りにあったことは一度もない晴れ男である。初めて海外出張する若い社員は、ニュースで見聞きする荒天時のエアポケットに恐れをなして、進と同じ飛行機に乗りたいと望む始末である。
十二月も末近く、時々雪がちらつく日に進は台湾旅行に行く事になった。
「明日は飛行機に乗るのだが、乱気流にならねばよいがなぁ」
「そんな弱音をはかないで下さい。今まで社長は何十回もの飛行でエアポケットに入った事は数える程しかなかったと聞いています。気をしっかり持ってくださいね」
「そうだ。気をしっかり持たねば」
当日、進の思い通り関西空港を出発した時は、見渡す限りの晴天、しかし進の胸には何かしら何時もと違った胸騒ぎが心の奥にうごめいていた。
「これから気流の乱れる所を飛びますので必ずシートベルトをしっかりしめて座席から立たないで下さい」
客室乗務員のアナウンスに乗客は緊張した。何時もの揺れとは違った揺れ方であり、皆手に汗を握った。揺れが治まった後、一行は乗務員の指示により乗り換えの準備をした。
外を見ると乗り換える飛行機の機影が見え、今迄乗って来た飛行機はその真横に停まった。自分が乗り換える機種は理解していたので、直ぐに台湾行のセスナ機に乗り込もうとした。
ここでハプニングが起こった。
客室乗務員が進の乗車券を見て立ち止まるように指示したのだ。進は理由が解らず乗務員の手をはねのけようとしたが、手首を抑えられ再度搭乗券を見せるように言われた。進は正気を取り戻し改めて自分の搭乗券を見つめる。まぎれもなく搭乗員の指示したものとは違っていた。
「あなたの搭乗券は別の台湾行のものです。もう一度搭乗券番号を確かめて下さい。先刻乗って来られた飛行機の真横に止まっている飛行機です。それは間もなく離陸しますから急いで行って下さい」
頭のてっぺんからえぐられた様で、
「そんな事あるものですか」
押し問答をしている内に
「あなたのものと解ったら、早くして下さい。もうドアが閉まるサインのランプの明かりが点滅してくる時です」
松下は客室乗務員の指示通りに飛行機を乗り換えた。そこには一席だけ空席になっていた。松下の席だ。
松下は飛行機を間違って乗り込もうとしていたのだ。機種が同じで行き先が異なるものだったので、間違ったものを脳にインプットされていたのだった。
もうそろそろ還暦に近づこうとしているが、こんなミスを犯した事は一度も無かった。自分の頭がここまで弱っているとは思わなかった。搭乗券を迂闊に呑み込みそれが脳髄の真から離れなかったのである。思い違いという事は、恐ろしい事である。
自分の学歴を傘に着て何もかも自分の考えが正しいとの思いは、この台湾旅行で終わりだとしみじみ知らされた。 (完)