「嵐の日」黒宮涼
風が吹き荒れ雨が強く降ってくると、あの嵐の日を思い出す。あれはまだ岐阜の施設にいた頃。その日は朝からずっと雨が降っていた。いつもなら午前中は農園で農作業。午後は体力づくりにランニングや声出し、当番のときには犬の散歩をすることになっていた。けれど、ほとんどができずに私たちは時間を持て余していた。団欒室で過ごさなければいけないという点を除けば、その日は自由時間が多かったように思う。平日なのに日曜日のような時間割になってしまった。
同じ境遇に置かれた女性が私を含めて四人。漫画を読んだり音楽を聞いたり、思い思いに過ごす。振り返るととても不思議な空間だった。そんな私たちを見かねてか、女性職員さんが団欒室にあった複数人で遊ぶおもちゃを取り出してきた。懐かしいおもちゃや、見たことのないおもちゃが並べられた。ここを卒業していった生徒たちもこれで遊んでいたのだろうか。などと思いながらおそるおそる私たちは言われるままに遊び始めた。私は施設に来て半年も経っていない。私が来る以前からいた年上と年下の二人。最近きた二十歳すぎの人。同じ建物に住んでいる私たち四人はまだ互いに、仲良しとはいい難い存在だった。職員さんも一緒に遊んでくれたのは私たち四人を繋ごうとしていたのだと思う。ぎこちない手つきでブロックを積み上げたり、ワニの歯を押したりする。こういうゲームは家になかったため、とても新鮮な気持ちだった。
同じゲームを何周かしたころ、突然部屋が真っ暗になった。停電だ。職員さんが慌てて懐中電灯を取りに行き、ゲームは中断してしまった。渡された懐中電灯は二つ。午後七時前のことだったと思う。職員さんたちが事務所で何やら話している。しばらくしてから職員さんが二人、深刻な顔をして私たちのところへ来て言った。
「この雨で山が土砂崩れになるかもしれないので、避難しましょう」
私たちの住んでいるログハウスの後ろには小さな山があった。これ以上の雨が降ると危険と判断したのだろう。話し合いの結果。施設内でも山から離れた低い場所の建物に避難することになったらしい。雨がこのまま夜遅くまでふり続けるのならその建物で就寝することになる。
「男の子たちのところは大丈夫なの」
疑問に思ったのか、生徒の一人が聞いた。
「あっちは少し離れているから大丈夫」
その返答に私たちは納得して、下に降りた。それからの時間は異様に長く感じた。まだ七時過ぎで、見覚えのあるアニメがテレビに映し出されていた。私たちが移動している間に電気は復旧したらしい。食事や布団を男性職員さんたちが運んできてくれるのを見て、何だか申し訳なく思う。大変なことになったなと思う反面、皆で雑魚寝することにドキドキしていた。緊張もしていたと思うが、私は嬉しかったのだ。普段はそれぞれに部屋が与えられていてそこで眠るので、皆で寝るのは初めてだった。今考えると寂しかったのかもしれない。
「こういうの言ったらダメなんだろうけど、少しワクワクしない?」
「するする」
隣でそんな会話が聞こえてきて、私も賛同したくなり無言で頷いた。どうやら私だけではないらしい。嵐の夜はちょっとだけワクワクする。それは小学生の頃から変わらない。有難くもまだ悲惨なことを体験していないからなのかもしれない。
結局その日は、寝る直前になって雨が弱まったのでログハウスに戻ることになった。残念だと思ったのも私だけではないと思う。不安とドキドキが交じり合う、そんな嵐の一日だった。(完)