「嵐」 牧すすむ
少し前のこと、仕事上がりにコーヒーを啜(すす)りながら居間でテレビを観ていると、懐かしい場面が流れ思わず見入ってしまった。そこには入院した病院の屋上から大勢のファンやマスコミの人たちに明るい表情で手を振る石原裕次郎の姿があった。そして傍らに寄り添う妻の北原三枝と渡哲也の顔も見えた。
このシーンは今もはっきりと覚えている。
石原裕次郎といえば「日活映画」を支えた大スター。百八十二センチの長身に加え、股下が九十センチ。胴長短足が当たり前の日本人の中に突如現れた〝ナイスガイ〟!! その人気は凄まじいものだった。
昭和三十一年に兄である石原慎太郎原作の「太陽の季節」(芥川賞作品)で鮮烈デビュー。老若男女を問わず、瞬く間に日本中の心を虜にしたと言っても決して過言ではないと思う。
そしてその後、彼の後を追うように「日活」には新しいスターが次々と誕生。小林旭、宍戸錠、二谷英明、赤木圭一郎等々――。同じく女優勢も華やかだった。後に裕次郎と結婚した北原三枝を始め、浅丘ルリ子、白木マリ、吉永小百合、松原智恵子他、今も第一線で活躍している人達も多い。
一方、時代劇では「松竹」等が中村錦之助や大川橋蔵という美形スターを生み、人気を集めていたのを覚えている。テレビの画面に映し出される様々な懐かしい映像に、いつしか私自身の心もその時代へとタイムスリップしてしまっていた。
石原裕次郎のカッコ良さに魅せられたのは、中学生の時。学校で禁止されていたジーパンをこっそり学生ズボンの下にはいて登校したり、溢れる程のブロマイドを買い集めたり。とにかくその憧れはハンパないものだった。
又、〝裕ちゃん〟は歌手としても超一流!! 中でもクラスメートとよく歌ったのが同名の映画の主題歌「錆びたナイフ」だ。
♪ 砂山の砂を 指で掘ってたら まっかに錆びた ジャックナイフが出て来たよ ♪
それまでの歌謡曲では全く考えも付かない強烈な歌詞に、少年の心は揺れに揺れた。正にジャックナイフで胸を突かれた程の驚きを持って聞き、そして夢中で歌い大人の世界を少しだけ覗き見た満足感を覚えたりもした。当時のクラスメート達(男子)も一様に、心は皆裕次郎であったにちがいない。それ程に彼の存在は大きかったのだ。
昭和三十二年封切りの映画「嵐を呼ぶ男」では笈田敏夫との有名なドラム合戦があり、〝やくざ〟との喧嘩(けんか)で痛めた手を休め突然目の前のマイクを掴んで、
♪ 俺らはドラマー やくざなドラマー 俺らがおこれば嵐を呼ぶぜ ♪
と歌いだすシーンは半世紀以上経った今も忘れることが出来ない。胸躍る私の青春の一齣だったのである。
その後もスーパースターであった彼は映画にテレビに歌にとマルチな活躍をし、男らしいハスキーな声で甘いラブソングを数多く歌ってくれた。
「ブランデーグラス」「銀座の恋の物語」「北の旅人」「夜霧よ今夜も有難う」等々。今も高い人気を保っている曲ばかりだ。カラオケでも常に上位にランクインされているのが嬉しいし、きっとこの先もそうあり続けることだろう。
五十三才の若さで旅立った偉大なヒーローは昭和の時代を嵐のように駆け抜けて行った。私達の心に〝青春〟という永遠に消えない素晴らしい贈り物を残してー。 (完)