伊神権太が行く人生そぞろ歩き(2025年4月1日~)

2025年4月3日
 きょうは、わが家。家庭での花の特集、写真グラフで。息子の花の作法にはほとほと感心している。わが家のあちこちで煌めくそんな花の数々。これも今は亡きおふくろ、そしておかあさん(たつ江)と愛猫シロ(オーロラレインボー)への限りなき思いと愛があればこそ、である。
 というわけで、春でもあり、そんな花の数々を写真グラフとして紹介させていただく。

 おふくろとたつ江(伊神舞子)=2階寝室一角

 食卓には、いつも満開の花が供えられている
 

 花々は、裏庭の亡きシロちゃんたちのお墓にも
 

 仏壇横を彩る花々

 
 最近は、窓辺に鉢植えの雪割草が誕生
 
 

(4月2日)
 能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】コンサート(発表会)の件で、輪島市の安本保秋さんはじめ、作曲者である牧すすむさん、歌手岡ゆう子さんの事務所・パインミュージックプロダクションの岡ゆう子さん担当スタッフ・市瀬和敏さんら関係者と何度も電話で話し合い、能登半島復興コンサートをいつにするか-についてアレヤコレヤ話し合う。

 どんな形になるか、はまだまだ未定ではあるが。私としては、歌いたい方々にステージに上がっていただき、みんなで歌うそんな場も設けられたら、と思っている。こんごアレヤコレヤと準備を進めなければならないが。なんとか、この山を無事、乗り越えなければ-と思っている。
     ×     ×     ×

     ☆     ☆     ☆
 【「ネットゲームで口論」 一宮・女子高校生遺棄容疑の男逮捕 包丁で刺したと供述 「話し相手頼れる先輩」容疑者知人】【繁華街「車飛んできた」栄・暴走事故 速度落とさず歩道に】(いずれも中日朝刊見出し)など。相も変わらず悲しい話、事件や事故が相次いでいる。なんたることよ。人々は悲しみのカーペットを歩いているのか。世の中、幸せで明るいことが先決である。

 ほかには【坂本選手2億4000万円の申告漏れ 東京国税指摘1億円追徴か】が気になる夕刊(中日)記事といえようか。坂本選手とは、プロ野球巨人の坂本勇人選手(36)のことである。人生いろいろ。人もいろいろか。

(4月1日)
 エープリルフール。はるかかなた昔。新聞社のデスク長時代には、この日の前日、すなわち3月31日が近づくと「ことしも4月1日付特報紙面をどうしたら真実らしく、読者がアッと驚くような高貴な紙面としてお手元にお届けできるかーとみんなで知恵を寄せ合ったものである。そう。ありもしない、大ニュースをさも本当の、事実のように読者に伝えるかーを巡って皆で知恵を寄せ考え合ったものである。今は、どうしているか-は、知らないが。まさか【中居氏「性暴力」認定】は、嘘っぱちではなく、この記事は、事実である。今の世の中、これほどまでにおちぶれている。その証拠とでもいえようか。なんとも情けない世の中になったものである。

 そして。けさ4月1日付の中日新聞1面見出しは昨日の夕刊を引き継ぐ形で【南海トラフ死者最大29.8万人 内閣府新想定 対策進まず微減 一人一人考え行動を】を1面トップに、他の記事は【過去最大115兆円予算成立 25年度 異例の2回修正】【商品券、療養費…首相傷深く 曲折の果て 予算成立 自民古参「余計なことすると支持率落ちる」】といった具合である。
 ほかには【ミャンマー死者2000人超】【「蔦茂(つたも)の歴史再びつなぐ 西区で営業再開】【「JR東海の支え」 須田寛さんお別れの会】といった記事が目立つ。

 本日付の夕刊はやはり、【使命感胸に社会へ一歩 輪島市復興へ精進 大船渡市山火事被災者と共に】の記事が胸を突いた。バンテリンドームナゴヤでの巨人との本拠地開幕3連戦の初日、中日ドラゴンズは巨人に3―2で勝った。
 
 

一匹文士、伊神権太が行く人生そぞろ歩き(2025年3月~)

2025年3月31日
 南海トラフ巨大地震が発生した場合、最大で29万8000人が死亡するとの新たな被害想定を31日、政府の作業部会が発表。前回2012年の想定は32万3000人で政府は被害抑制対策に取り組んできたが1割の減少にとどまったという。というわけで、きょうの中日の夕刊見出しは【南海トラフ死者最大29万人 政府新想定 被害抑制進まず 経済は270兆円、全壊・焼失235万棟】。そしてほかには【大地震「72時間」迫る ミャンマーなお不明者多数】といったところか。

 第97回選抜高校野球大会は最終日の30日、阪神甲子園球場(西宮市)で決勝があり、6年ぶり17回目出場の横浜(神奈川)が智弁和歌山に11-4で勝ち、2006年の第78回大会いらい19年ぶり4回目の優勝を果たした。
 
(3月30日)
 日曜日。名古屋駅前のウインク愛知五階ホールで催された社交ダンスの発表会【ラララダンス発表会】に出場、右手を負傷し、副木(そえぎ)を当てて、それでも出演してくださった〝悦ちゃん〟とタンゴを一緒に踊ったが、〝悦ちゃん〟の華麗さに比べ、私の出来がイマイチどころか最低で、疲れ果て、うなだれて帰宅した。

 でも仕方ないか。ボクはプロではないのだから。反対に〝悦ちゃん〟は経験も豊富でプロと変わらないほどの達人なのだから。それに右手にあれほどの重傷を負いながら、一緒に踊ってくださった彼女には、ステップの踏み間違えなど何とおわびをしたらよいものか。彼女は右手のケガを押して出演されたが、もしかしたら私のために出てくださったのではないか、と。そんな気がしてならない。それだけにステップの踏み間違えなぞ、あってはならない初歩的かつ基本的なミスなのである。ただ見てくださっている皆さんが、この私の過ちに気づいたかどうか、となると。一連の動きが、おそらく流れのなかに吸収されてしまっているので気がつかなかったかも知れない。
 
 楽しく進んだラララダンス発表会
 

 この日はダンス仲間の多くから「〝ごんたさん。私が踊っているところをスマホで撮っといて、あとでラインで送ってくれたら嬉しいのだけれど。お願いします」と頼まれ、こちらの方は幸い、良い画像が撮れラインで皆さんに送らせて頂いたのである。こうした時、ラインだとさっさっ、さーっと送れるのでとても助かる。いずれにせよ、われわれは皆、文明の利器に助けられているのである。いやいや、踊らされているのかもしれない。

(3月29日)
 土曜日。きのう、きょうと私の月一回の連載【文士刮目】の深夜から本日未明に至る執筆で少々、疲れた。今回は【気楽に10万円なんて 首相商品券に異議あり】をテーマに執筆したが、要するに政治家には清く正しい姿勢を訴えたい、その一心で執筆とあいなったのである。
 午後は、私が住むここ愛知県江南市花霞の3組2班の各家庭に4月の市広報などを配る班長業務に結構の時間を割いた。ほかに回覧板などもまわす-といった日常生活で、これまた簡単なようで結構な時間、手間暇がかかるのである。でも、この町に住み、お世話になっている以上、当然のことだーと自身に言い聞かせる。

 29日付の中日夕刊は、28日に大規模地震に見舞われたミャンマーの被災地の現状を伝える内容で【ミャンマー地震死者694人に 内戦影響 救助は難航】【「助かる」信じ捜索 バンコク】など。
 ほかに明るいでは【村瀬、木俣スノボ世界一 ビッグエア 女子は表彰台独占】といったところか。

(3月28日)
 昨夜は深夜未明までの執筆。朝。先日、能登半島は門前の雪割草まつりの場で買い求めた鉢植えの雪割草ふたつに、それぞれ水を与えて日の当たる窓辺に置く。

 【車関税に報復示唆 米との蜜月「終わった」 カナダ首相「反撃する」】【欧州複数国、派兵で一致 停戦後ウクライナ 国名は明かさず 有志国首脳 対ロ制裁解除には反対】とは、日経28日付の夕刊。【車関税 米大手にも逆風 隣国に生産拠点、株価下落】【りくりゅう2度目Vフィギュア世界選手権ペア】とは、28日付の中日夕刊。いやはや、この世の中、いろいろだ。
 こうしたなか、私が「脱原発社会をめざす文学者の会」幹事会からの要請で毎月1回、書き続けている連載「文士刮目」の47回目を深夜から未明にわたって何とか書き上げ、同文学者の会の新しい担当者あてに送る。こんななか、中部ペンクラブの文学散歩などで何かとお世話になった桑原加代子さんの訃報を知り、きょうご葬儀があると知らされ、あわてて弔電を打つ。人生いろいろである。合掌―。

(3月27日)
 きょうの午後、昼食がてら桜の名所である大口町の五条川大栄橋西を見てきたが、サクラの開花にはまだ至っていなかった。きのうの名古屋での開花宣言がちょっと信じられない。ほんとかしら、と思ってしまう。しかし、ここ数日の間には、間違いなく美しい花々を咲かせるに違いない。

 木曜日。中日新聞の本日付の夕刊1面トップ見出しは 【米車関税 3日発動 25%追加、11倍に 大統領署名 日本企業に打撃】である。要するにどの国も自分の国が一番大切だ、ということか。 

 記事は以下のとおりである。
―――トランプ米大統領は26日、日本を含む輸入自動車に対して25%の追加関税を課す布告に署名した。4月3日に発動する。関税の負担増は価格競争力の低下を招き、日系自動車メーカーへの打撃は避けられない。日本の自動車は対米輸出総額の約3割を占めており、経済全体へのマイナス影響が懸念される。

 これに対してホワイトハウスで記者会見したトランプ氏は「わが国の雇用と富を奪ってきた国々にその罪を問う」と自動車関税の発動を宣言。「関税を払わなくても済むようにするため、企業が米国に戻ってくる。雇用が大量に生まれる」と主張したという。

 一方、日本の石破首相といえば、だ。この日、27日の参院予算委員会で「2025年度予算成立後に強力な物価高政策を速やかに検討する考えを公明党の斉藤鉄夫代表に伝えたことに関し、新たな予算措置を打ち出す趣旨ではなかった、と釈明し「予算委の審議中に私の発言でご心配、ご迷惑をかける形となり申し訳ない」と陳謝。立憲民主党などは「参院軽視だ」と反発を強めた。ここまで配慮がないとなると「石破さん。いったい何をしてるの」とその見識を疑われても仕方ないのではないか。

 午前10時ごろ、江南市水道課職員が「工事中に業者が誤って水道管を破損してしまいました。早急に(管を取り換え)復旧させますので、しばらくお待ちください」と駆けこんできた。幸い、たいしたことはなく午前中には復旧したが、一時はどうなることか。やきもきさせられたことも事実だ。

2025年3月26日
 水曜日。きょうは、名古屋で桜の開花宣言。
一方で名古屋地方気象台は、この日すなわち26日、東海地方の広範囲で黄砂を観測した-とも発表。見通しが悪くなり、交通に障害が発生する恐れがあるとして、注意を呼びかけた。中日新聞のきょう26日付夕刊はほかに【備蓄米2回目入札 7万㌧来月上旬以降に店頭】【黒海の安全航行確保合意 ロシアが条件、履行困難か】。そして【愛媛、岡山計700㌶超焼損 6県が緊急消防援助隊派遣】【大船渡山林火災発生1カ月 鎮火至らず各地に爪痕】の見出しが気になる。
夕刊といえば、だ。中日・大波小波の【「虚言の国」化する世界(嘘発見器)】が、なかなか的を突いていて良い。それから同じ26日付日経夕刊の【米軍のフーシ攻撃計画漏洩 トランプ氏、高官擁護 「ウォルツ氏、教訓を得た」】も気になるところだ。

 東京地裁が25日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する文部科学省の解散命令請求で宗教法人法に基づき解散を命じた。献金被害が少なくとも1500人超に約204億円生じ「類例のない膨大な被害が出た」と指摘。被害は最近まで続き、教団の対応も不十分だとして法人格を失わせる以外に有効な対処手段はない、と判断。「法令違反」を理由にした解散命令の決定はオウム真理教などに続き3件目で、不当な献金集めなど民法の不法行為を根拠としたのは初めてだという。

 きょうは午前中、自宅近くの歯医者さんへ。月に一度、いつもの歯科衛生士さんのメインテナンス治療を受けるためであるが、このメインテナンスを受けると、なぜか心身ともにホッとするから不思議である。

2025年3月25日
 いやはや、齢が高齢となると、体力的にやはり少しは疲れるものなのか。私は、まだまだ若いと思ってはいるのだが。
 かつて、現役の第一線の記者時代には全国各地の被災地や大事件の現場などに取材ヘリやジェット機で急行。そのまま何日も現地取材を続け、【タフの〝がみちゃん〟】で知られていた。のに、である。
 自分では、どこまでもまだまだ、トコトン今も誰よりも(気持ちだけは?)若いとは思っているのだが。どうやら、そうでもなさそうである。先日の「能登行」から帰宅後、本欄・一匹文士が行くーにまとめるのに結構の時間がかかってしまった。能登半島地震と豪雨水害の復興応援歌【能登の夜明け(歌は岡ゆう子さん)】の作曲者牧すすむさんだけには、能登・門前での総持寺商店街での「雪割草まつり」であった「能登の明かり」の編曲に携わってくださった安本保秋さんらによる演奏の模様を紹介させては頂いたのだが。ほかの方々には、まだ話してはいないのである。

 いずれにせよ、門前の方々、いや雪割草まつりに訪れた能登の多くのみなさまに【能登の明かり】の存在が知られ、「あぁ、なんといい歌やこと。おらっち。どんどん歌うわいね。元気が出るさかい」との多くの声を得られたことだけは確かである。この歌が、この先、被災地・能登はむろんのこと、日本中の多くの方々にも歌っていただき、被災地のみなさま、お一人ひとりに希望と勇気、元気・活力を与えることになるならイイナ、と思った次第である。

2025年3月24日
 東京で桜(ソメイヨシノ)が開花。
【日本小説が英国席巻 翻訳部門、販売上位の4割「今年のⅠ冊」本国超え】【韓国首相の断崖棄却 憲法裁 大統領代行に復帰】【ガザ、地上戦で危機深刻 人道支援停止 死者5万人超え】とは、いずれも本日付の日経紙夕刊の見出し。中日夕刊見出しは【マイナ免許アプリ不具合 運用初日、情報誤表示】【夜行バス会社 家宅捜索 三重の死傷事故 過失傷害疑い】【大の里「今までと違う」 春場所3度目V一夜明け】【山林火災 ヘリで散水 岡山、愛媛】…と相変わらず、いろいろある。

 何はともあれ、きょうは先日足を運んだ能登半島について、あれこれ思いをはせるうち、1日が過ぎ去った。ここに能登で私が撮ったホンのひとコマを写真グラフとして紹介し、記録にとどめておこう。

 門前の総持寺商店街では笑顔がはじけていた

 

 広場では本場の御陣乗太鼓の披露に能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】披露もあり、多彩な行事に多くの人々が詰めかけた
 
 
 
 
 

 どの会場でも笑顔がはじけていた
 

 会場一角では雪割草の売店も
 

(3月23日)
 昨夜遅く能登から帰る。
 午後、地元花霞町の役員会に出席。この世は、頭の切り替えが必要だーと改めて感じる。人生いろいろである。

 一方で、世の中。だれとて生きていくことは大変だ、と。改めて思う。愛猫シロが生きていたなら。傍らに座り、「ニャン、ニャア~ン」と以心伝心の相槌を打ってくれたはずなのに。そのシロちゃんも、舞と同じく既にこの世にはいない。

(3月22日)
 あさ。懐かしの【のと鉄道】=のと鉄道は、はるか昔、私の七尾支局在任時に開業。当時盛大な開業式典があったことを覚えている=に乗り、【穴水】へ。ここからタクシーで輪島市門前へと向かった。途中、ブルーシートがかけられたままの民家屋根や押しつぶされた民家が何軒も目の前に。地震の激しさを物語っていた。タクシーは1時間ほどで雪割草まつりが行われている門前の総持寺通り商店街に着いた。町は思いのほか活気があり、街道沿いには多くの店が立ち並び、買い物をする地元の人びとのはちきれそうな笑顔の顔、顔、また顔が目立ち、こぼれるような明るさを前に私はホッとしたのである。
 あの悲惨な地震にもめげず、人びとの笑顔はハンパではない、とてもステキなものであった。私は沿道の床屋さんを見つけて入り、整髪してもらうと、今度は雪の中から白やピンク、赤などちいさな花々を咲かせた雪割草二鉢を購入、こんがり焼けた能登豚入り焼きそばを食べ、商店街広場のイベント会場へ、と向かった。

 会場では能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】がうまれるに至ったいきさつについて私があいさつ。私は「能登在任中、長い冬が明けるころ、毎年今は亡き妻とともに雪割草で知られる猿山岬群生地を訪れ、白い雪を割って見事な花々を咲かせた雪割草を見て、あすへの英気を養ったものです」などとあいさつ、引き続き、自宅が全壊するという不幸のなかにあって復興応援歌の編曲に力を注いでくださった安本保秋さんの弾くギターなどを伴奏に【能登の明かり】が演奏されるなか、岡ゆう子さんの声が流れ、街並み全体が一体感に包まれたのである。

 せっかくの折なので私は俳句の寺・興善寺を訪れ住職の俳句の師匠で知られる金子兜太氏の「俳句供養塔」にもお参りし、金子さんには今は亡き妻伊神舞子が生前、ことのほかお世話になったこともあり両手を合わせ心からの礼を述べたのである。まさか、門前のこの地で兜太氏の供養塔にお会いできるとは。私は運命的ともいえるこの場で両手を合わせ、ただただ生前の礼を言わせて頂いたのである。ありがとう兜太さん! と。

 門前では運命的とも言える金子兜太さんの俳句供養塔にも出会った
 
 

(3月21日)
 金曜日である。きょうは本来なら、社交ダンスのレッスンの日だ。そればかりか、次の日曜日(30日)には名駅前のウインク愛知小ホールでの【ラララダンス発表会】を控えているが、そこは、エイヤァーッとばかり自身に言い聞かせ、名古屋駅でJRに乗り、能登半島は七尾へと向かった。
 年内には、と思っている能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】の発表会を開くのに先立ち、歌の編曲でお世話になった安本保秋さん(輪島市門前町在住)にお会いし、能登半島の現状をたとえ少しでもこの目で確かめねば。安本さんたちの生の声も聞いておかねば-と思い、久しぶりに出向いたのである。

 七尾に到着後は、かつて私たちが家族で住んでいたころに、新聞社支局が立っていた一本杉通りを歩き、通りに面したお菓子屋さん「花月」で購入したお菓子を手に昔お世話になった新聞販売店や〝わくうら印刷〟経由で、その後移転した新しい支局庁舎へ。ここで久しぶりに女子支局員の〝奈美ちゃん〟(堀下奈美さん)にお会いしたのである。
 引き続き、私はJR七尾駅前のビジネスホテルに落ち着き、それからは一本杉通りに通づる仙対橋はじめ御祓川河畔、さらにはスーパー「どんたく」周辺などを歩き回り、私が在任当時よく顔を出した喫茶「いちむら」さんへと入った。ママさんは当時そのままの笑顔で「あ~ら。いがみさん。ようこそ。どうしたの」と歓迎してくれたが、どちらも顔を見合わせ「あんまり変わってないね」と互いにその後の話に花が咲いたのである。
 夜は在任中、土地の名士らとしばしば入った【七尾銀座】へ。当時お世話になった居酒屋「知床」さんなどは既に姿を消していたが、新しく出来たカラオケのできる居酒屋へ。ここと近くのウナギ焼きのお店でいっときを過ごし、宿に帰ったのである。

(3月20日)
 私が住む地元町内会(花霞町)の春祭りの打ち合わせ会の回覧板による連絡に始まり、能登半島は輪島市門前での【雪割草まつり(22日)】に行くに当たっての準備、さらには日々の一匹文士と小説の執筆……と、それこそ、あれやこれやと忙しい毎日が続いている。

 【岸田前首相側も商品券 22年、政務官に10万円 「安倍氏の会食でも」証言】【1号日本のファンへ(東京ドームで行われた米大リーグのカブス戦の5回、ドジャースの大谷翔平選手は今季初本塁打を放った)】【地下鉄サリン30年】【ウクライナ巡り電話会談 ロシア、米の停戦案拒否 エネ施設攻撃停止は合意】【告発者処分は「違法」 兵庫知事問題で第三者委】…と、きょうも朝刊はいろいろなニュースが満載されている。中でも地下鉄サリンの原稿は以下のとおりである。
――オウム真理教による地下鉄サリン事件は20日、発生から30年となった。首都中枢を襲った前代未聞のテロは14人の命を奪い、重軽症者6千人以上。今も多数が後遺症に悩まされる。……

 さて。きょうはお彼岸である。とはいえ、やらねばならぬことが多く、体力的にも限界があるため、家の仏壇に両手を合わせ、亡き舞には心からの祈りを捧げた。「まいよ、舞。俺はなんとか生きている。なかなか、おまえが寝るお墓まで行けなくて。ごめん。ごめんなさい。その代わり、俺たちが大変お世話になった、能登に行ってくるから。おまえと、冬が明けると毎年一緒に雪割草を見に出掛けた能登の門前に行ってくるから」と手を合わせて祈り、いつも自分勝手ですみません、とも付け加えたのである。仏壇からは「気をつけて行ってくるのよ」と話しかける舞の声が聴こえてきたのである。

2025年3月19日
 久しぶりに能登は和倉温泉の旅館「岡田屋」の女将(おかみ)のマリちゃん、すなわち〝まりこさん〟に電話。「元気でいますか。お宿は開業しましたか?」と聞く。すると彼女からは「ガミちゃん。それがまだなのですよ。早く来てほしいのに」と彼女。「悪い。悪い。元気でおいでなら、それでいいのだから」と私。それにしても、きょうは風が強く、とても寒い日だ。東京では雪が都心を直撃したという。

 【大リーグ 開幕戦、カブスードジャースが18日、東京ドームで行われ、ドジャースの大谷は「1番・指名打者で」で出場し、5打数2安打で4―1での勝利に貢献した。】
以上は、本日付の中日新聞スポーツ面の総合リードで見出しも【東京ドームで開幕戦 大谷新たな高みへ 2安打で勢い 二刀流でWS連覇狙う】とあった。ちなみに「ドジャースの先発は山本で、日本勢の開幕投手としての投げ合いは史上初。山本は5回3安打Ⅰ失点で2019年の田中(ヤンキース)以来、日本勢4人目の開幕投手白星となった。今永は4回無安打無失点で勝敗は付かなかった。カブスの鈴木は2番・指名打者で4打数無安打。日本での公式戦開催は19年以来6年ぶりで、大谷はメジャー8年目で初めて日本での公式戦。」ということである。

 19日付夕刊は中日が【エネ施設攻撃中止で一致 ロシア、米停戦案は拒否 米ロ首脳電話会談 ウクライナ支援停止要求】【「戦争長引かせている」ゼレンスキー氏批判】【「戦争を長引かせている」 ぜレンスキー氏批判】【ガザ空爆続行表明 イスラエル ハマスに人質解放迫る】、日経が【米ロ、全面停戦合意できず エネ施設は攻撃停止 ウクライナ巡り首脳協議】【日銀、金利据え置き決定へ 世界経済下振れに警戒】(日経)といったところか。

 きょうは、ここ尾張地方も風が大変強くて寒い日である。このところは寒い日が続いているためか。それとも高齢のせいか。こうして書いていても気がつくと、なぜだか知らぬ間に寝入ってしまっていることが、たびたびある。あすは彼岸である。

2025年3月18日
 きょう外に出た際、今は亡きたつ江(伊神舞子)と彼女が生きていたころ、しばしばふたりで寄った私たちの農地【エデンの東】の白梅がそれはそれは見事に開花していた。デ、わたくしは「まい、ことしはチョット遅かったが。とうとう梅の花たちが満開になったよ。よかったね」と空にむかって話しかけたのである。

 満開になった梅の花たち
 

     ※     ※     ※

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 火曜日。【春は選抜から】の選抜高校野球大会が18日、兵庫県西宮市の甲子園球場で開幕。昨年の能登半島地震で被災した日本航空石川、離島から21世紀枠で甲子園に挑む壱岐(長崎)など出場32校が参加し開会式が行われた。連覇を狙う健大高崎(群馬)の加藤大成主将が優勝旗を返還。市和歌山の川辺謙信主将が「伝統ある高校野球を魅力あるものに発展させ、未来へとつないでいく責任があります。野球ができる喜びをかみしめ、全力でプレーすることを誓います」と選手宣誓。柳ケ浦(大分)と二松学舎大付(東京)の第一試合で熱戦が始まった。13日間(準々決勝と準決勝翌日の休養日含む)の日程で、順調なら30日には優勝校が決まる。

 イスラエル軍が18日、パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスに対する大規模攻撃を実施した-と発表。イスラエル首相府は声明で米国の停戦案をハマスが全て拒否したため、ネタニヤフ首相の指示で攻撃したと主張。ロイター通信は、こどもを含む少なくとも100人が死亡した-と伝えている。なんということなのだ。人間という生きものは、どこまで愚かなのか。

 能登半島は門前の安本保秋さんから【能登門前 雪割草まつり(令和7年3月22日午前10時~午後3時)】のすてきなポスターがメールで送られてきたので岡ゆう子さん、そして牧すすむさんにもお送りする。当日は能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】がCDで輪島市門前町総持寺通り商店街に流される、とのこと。この復興応援歌で能登の方々、みなさんが少しでも元気になられ前に向かって歩いてくだされば、と心から願う。出来れば私も現地に-と思っている。
 
 安本さんからメールで送られてきたステキなポスター
 

(3月17日)
 きょうはやはり、まだ寒い。というわけでマイカーのガソリンを給油した際に灯油を自宅まで持ってきてくださるよう、いつもの五郎油さんにお願いする。外は、まだまだ寒いのである。能登半島はもっと寒いに違いない。
 きょうのニュースといえば、だ。やはり中日新聞の朝刊軟派(社会面)トップ記事の【能登豪雨で犠牲遺品DVD復元 翼音さんの姿家族へ 滋賀のボランティアら】に違いない。昨年9月の能登豪雨で、自宅ごと流されて亡くなった石川県輪島市、喜三翼音(きそはのん)さん=当時(14)=の遺品とみられる小学生時代のDVDを滋賀県のボランティアが現地で見つけ、仲間がつないで映像を復元したというホットなニュースで、ボランティアらがこの遺品を金沢市を訪ねて祖母悦子さん(64)に手渡したという話である。悦子さんは「翼音が見つけてほしかったのだろう」と涙ぐんだという。

 ほかには【<原発 出口なき迷走 DeepM> 除染土停滞打開へ一石 双葉町長「再利用検討」】【石破内閣支持急落23% 商品券配布「問題」78% 本社世論調査】(毎日)などといったところか。

 そして。今一つ。目立つのは、米大リーグ、ドジャースとカブスの開幕シリーズ(18、19日・東京ドーム)を前にしての夕刊【「大谷見たい!」 東京の大リーグ開幕S即完売 チケット争奪戦 練習も急きょ販売■不正転売は無効】(中日夕刊、17日付)報道か。
 ドジャースの大谷翔平を筆頭に山本由伸、佐々木朗希、カブスの今永翔太、鈴木誠也と5人の日本人選手が出場予定とあって、空前の人気ぶりで公式練習も急きょ客席を販売。一方、主催者は不正転売チケットに関する取り扱いを注意喚起し、該当ケースを無効とする事態も起きているという。

(3月16日)
 けさの新聞。中日1面のそで見出し【子宮頸がんワクチン 月末までにⅠ回目接種を 迫る救済期限「命守るため」 名大医師呼びかけ】が私の目を引きつけ、奪った。
 というのも、私の妻、舞(伊神たつ江、伊神舞子)が子宮頸がんで旅立っているからである。報道は「子宮頸がんを予防するヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種機会を逃した人に対するキャッチアップ接種の救済措置の期限が迫っている。今月末までに少なくとも1回接種すれば、残りの接種も公費で受けられる。名古屋大産婦人科准教授の新美薫医師は『ワクチンで予防ができる数少ないがんのひとつ。命を守るために接種してほしい』と呼びかけている」といった内容で1人でも多くの方々に接種を受けてほしく思ったからだ。

 それと、今日の紙面でもうひとつ。それは、かつて私も携わったことがあるサンデー版の紙面がとてもよい、ということである。ここでくどくどと言うことは差し控える。何よりも、世の親たち、いや出来れば全ての人々にこの日のサンデー版の【昔ばなし 語りの魅力と法則】を読んでください、と訴えさせて頂く。いい紙面とは、こういうものである。
 
 本日の中日新聞サンデー版紙面のひとコマ
 

 私が作詞し、相棒の牧すすむさん作曲、安本保秋さん編曲、岡ゆう子さん歌による能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】のその後だが、ユーチューブによる再生回数がとうとう10000回を超えた。このうえは、1人でも多くの人々に歌ってもらえれば、と願っている。

2025年3月15日
 今は午後3時20分過ぎ。ナンダカ、とても寒い。ここ数日、せっかく暖かい日が続き「春」は目の前と思ったのに。きょうは朝から寒い。まさにこのところの季節は三寒四温といっていいだろう。やはり、寒いのは苦手なわたくしである。「一体、だれなの。『俺は極寒の満州は奉天(現瀋陽)生まれなのだから。寒さには強いぞ』なんて。言ってたのは」と誰かさんの声が聴こえてくるようだ。

 朝刊は相も変わらず、【高浜・美浜の40年超3基 原発認可取り消さず 名古屋地裁】【商品券配布 過去10回ほど 首相 重ねて違法性否定 1期生「適切ではなく返却」】【首相、以前にも商品券配布 予算委で陳謝 自ら指示 違法性否定】【車関税「日本除外せず」 米商務長官 公平性を強調】(15日付中日見出し)【露、停戦案に条件 「根本原因排除を」早期実現困難】【備蓄米落札2万1217円 60㌔平均 価格の下落幅焦点 計14・2万㌧】(毎日)など。残念無念な記事が目立つ。

 午後。本日すなわち15日付の中日夕刊が届く。【ISS(国際宇宙ステーション)半年滞在へ 大西さん宇宙船 打ち上げに成功】【旧札に東条英機らの署名 巣鴨プリズン元看守家族が保管】の記事と一緒に【愛知屈指の進学校8割初心者 楽しむ滝中野球 全国へ 22日初戦自ら考え効率的に練習】が1面に。それもトップを飾っているではないか。滝といえば、滝中、滝高とわが母校である。時にはこうした明るい話題も良いナ、と思う。

(3月14日)
 【名商地域構想策定へ 空飛ぶクルマ未来の駅 移動手段の拠点化目指す】とは、本日付の中日新聞1面見出しだ。名古屋商工会議所(名商)が人を乗せて空を移動する「空飛ぶクルマ」などが名駅周辺で将来、利用できるよう求める地域構想を策定する方針を固めたーというもので、名駅一帯では名古屋鉄道が中心となって再開発計画が進んでおり、2035年以降のリニア中央新幹線の開業を見据え、多様な移動手段が集まる一大拠点化を促す-というもので、この地方の人々にとっては大きな夢が膨らむ事業と言っていいだろう。
 朝刊報道で今ひとつ気になる記事は、石破茂首相に関するもので、こちらは1面硬派トップで【首相 商品券10万円配布 自民1期生15人 全員返却 「私費から」違法性否定 「言語道断」立民が批判】【政治とカネ自身に疑惑 政権に打撃不可避】というもので「一国の総理ともあろうものが」と、何とも情けない話である。本人は良かれ、と思って10万円の商品券を配ったようだが。全員が後日返却したという。どいつもこいつも情けない、ことである。その場でなぜ、返さなかったのか。

 それにしても。お粗末な話だ。これまで石破さんはなかなかいいな、と思っていただけにチョット残念である。わきが甘いというか、油断し有頂天になっていたきらいがある。せっかく石破体制が軌道に乗りかけていたのに、と思うと。私自身も残念な気がする。
 でも悪事をしたとか。そんなことではないので気を取り直して国民のため頑張ってほしく願う。人生いろいろである。

(3月13日)
 【ウクライナ米停戦案受諾 30日間 ロシア同時実施条件 軍事・情報支援が再開】【鉄・アルミ 追加関税発動 トランプ政権、日本初対象】【トヨタ満額回答 5年連続、過去最高水準】(中日)【春闘 満額回答相次ぐ 大企業 前年上回る見込み】【米、鉄・アルミ関税発動 25% 適用除外国認めず 官房長官「遺憾」】【春闘 満額回答相次ぐ 大企業 前年上回る見込み】【石川一雄さん死去 「狭山事件」再審請求中 86歳】(毎日) 
 毎日毎日、新聞の見出しが示しているように世界も、社会も動いている。そして中日夕刊には【<トランプ関税>EU・カナダ 報復関税発表 摩擦激化、世界経済に打撃】【停戦受け入れロシアに要求 米大統領、特使派遣】【違法オンラインカジノ 337万人経験年間Ⅰ兆円 警察庁会計】の見出し。
     ※     ※     ※

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 昨年8月に江南市内の自宅近く路上で運転中、私が起こした人身事故の件で10万円の罰金刑を知らせる連絡(特別送達)が犬山区検の徴収担当から届いた。犬山簡裁からの特別送達を手に、この先、事故にはくれぐれも気をつけなければ、と誓った次第。この旨を亡き妻の霊前にも誓った次第である。

 話は変わるが。きのう金山のペインクリニックに行って帰る際、名鉄金山駅で開かれていた高山物産展で購入した稚鮎と飛騨高山の〝ほう葉ずし〟。これが、どちらもとてもおいしかった。

(3月12日)
 水曜日。金山のペインクリニックへ。月に一度の検診に出向いた。体重が少し増えてはいたが血圧も正常で「この調子で。血圧の薬・イルアミクスだけは毎日1錠飲んでくださいね。運動(社交ダンス)も、これまでどおり続けてください」と川瀬医師から言われ、ホッとして帰宅。このペインクリニックは元々、私が70歳になったころ、眉間に時折稲妻が走るような痛みをしばしば感じたとき、どこで調べてきたのか。当時、舞に付き添われて受診したのが始まりだった。幸い、年に2回の血液検査も含めこのところは私の体調が安全に正しく維持されており、感謝している。舞が生きていたころは、いつもリサイクルショップの仕事を休んでまで私に付き添ってくれたものである。

 帰宅し、中日新聞の夕刊を開く。【ウクライナ停戦受け入れ 30日間 米、軍事支援を再開】【欧州首脳歓迎「ボールはロ側」】【鉄鋼・アルミ関税午後発動 トランプ政権、日本も対象】【トヨタ5年連続満額回答 過去最高水準、波及に期待】【コメ輸出目標 30年に35万㌧ 政府方針、実績の8倍】【あいち銀頭取に鈴木氏】……。どれも重要なニュースばかりである。
 中に、さる11日午前9時50分ごろ、東京都新宿区高田馬場の路上でインターネットの動画配信中だった女性が刺され死亡した事件。警視庁捜査1課のその後の調べによれば、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された高野健一容疑者(42)が、事件に使ったサバイバルナイフを栃木県小山市の自宅から持参したと説明していることが、その後の警視庁捜査1課への取材で分かったとしている。

(3月11日)
 【<東日本大震災14年>生かされた身 決意新た 被災3県で追悼 2万8000人今も戻れず 防災の大事さ伝えたい】【米関税「日本除外せず」経産相の直談判実らず 12日発動 対象の公算大】【東証 一時3万6000円割れ 半年ぶり米景気後退を懸念】【<東日本大震災14年>思い出の家お見送り 放射線量高く涙の解体(片山夏子)】【避難者帰還決断に苦悩】とは、本日令和7年3月11日付の中日新聞夕刊1面と軟派社会面の見出しである。
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 火曜日。東日本大震災の発生から丸14年が過ぎた。

 本日付の朝刊(中日)は次のとおりだ=各記事とも、いずれも前文の一部。どれも原文のまま=。
▼岩手県大船渡市は10日、大規模山林火災発生後に出していた避難指示を全て解除した。出火から12日目の9日午後5時に、延焼の恐れがなくなり鎮圧したと発表していた。建物被害は78棟から210棟に増加。避難指示が長引いた同市の三陸町綾里や赤崎町の一部地区が深刻で、避難先から戻っても自宅が焼損していた人もいる。市は、引き続き避難所を使えるようにし、仮設住宅の提供準備も進めている。
 山林火災は2月26日午後に発生し、平成以降で最大規模となった。市面積の9%に当たる約2900㌶が焼失。3月9日正午現在の建物被害の内訳は、住宅が全壊の76を含む102棟で作業場などの住宅以外が108棟。今後の調査で増加する可能性がある。避難指示の対象は最大で1896世帯4596人。7日に一部地区で初めて解除し、その後も段階的に解除していた。
▼関連死を含め2万2千人以上の犠牲者が出た東日本大震災は11日、発生から14年となった。地震発生時刻の午後2時46分、各地で犠牲者を追悼。石破茂首相は福島県主催の追悼式に出席する。被災地では10日、帰らぬ家族や同僚に心を寄せる人たちの姿があり、住民は「あの日を決して忘れない」と誓った。
▼東京電力福島第1原発事故から14年となるのを前に、原発再稼働の審査などを一元的に担う原子力規制委員会の更田豊志前委員長が本紙のインタビューに応じた。「(原発を)推進する方も事業者も、責任が規制委にあるように語ることが増えた」と述べ、政府や電力会社は自ら安全を語るべきだとの見解を示した。
▼農林水産省は10日、政府備蓄米の放出に向けた初回入札を開始した。計15万㌧を産地や品種などで分類し、それぞれ高値を付けた参加業者から順に落札する仕組み。全国農業協同組合連合会(JA全農)など大手集荷業者が参加したと表明しており、落札価格や十分な量が引き渡されるかどうかが焦点となる。落札されなかった分は、12日までに再び入札にかける。

 あれから14年がたつ。発生当初は、わが妻舞(たつ江)の応援と言おうか、精神的な援護射撃もあって再三、いわき、名取、女川、大熊、浪江、双葉、大熊、南相馬、仙台、亘理……と各地の被災現場を気が向くままに訪ねたものだが。舞がこの世を旅立って以降は、足が遠のいている。もちろん昔取った杵柄の元新聞記者ならでは、か。当初は<現場100回>の精神と魂で「行かねばならぬ。いかなくては」と思いつつ、何度も被災地を訪ねたものである。
 しかし、舞がこの世を去ってからは、おのずと足が遠のき、そこへ能登半島地震が起き、ダメを押す如く今度は愛猫のシロまでが車に跳ねられ死亡。わが心はボロボロに。それこそ心身ともにボロ切れの如く傷ついた。こんなわけで、東日本大震災と福島第一原発事故現場周辺は当然わが目で確かめなければ-と思い、過去何度も何度も。いわき市内のカプセルホテルに泊まるなどして訪問した日々が懐かしく思い起こされる。時には当時、「脱原発社会をめざす文学者の会」会長だった今は亡き作家加賀乙彦さんや、同じく当時文学者の会事務局長だった編集者山本源一さんらと何度も何度も、ともに被災地を訪れたものである。
 そして。今の私は何はさておき、昨年の元日に起きた私たち家族にとっては〝ふるさと〟同然と言っていい能登半島地震の被災地のその後をこの目で確かめ、能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】の現地発表会も年内にはしなければ-との思いにかられているのである。とはいえ、大震災に続き、いつも良き相棒だった舞、そして愛猫シロにまで旅立たれてしまった私は現在、ちょっと悲しい気持ちでいっぱいではあるのだが。ここは、立ち上がらなければ-と思いつつ、こうして日々の記録を書き続けている。

(3月10日)
 岩手県大船渡市が10日、大規模山林火災後に出していた避難指示を全て解除。大船渡市は9日午後5時に延焼の恐れがなくなり鎮圧した-と発表。2月26日の出火から12日目の鎮圧となった。また建物被害はこれまでの73棟から210棟に増えたという。「上空から延焼拡大の危険がなくなったーと判断。今後は被災者の支援に注力し、鎮火に向け警戒を強化していく」とは、渕上清市長。今回の山林火災では市面積の9%に当たる約2900㌶が焼失したという。

 一晩で10万人が命を落とした東京大空襲から80年となった10日、犠牲者の遺骨が納められている東京都慰霊堂(墨田区)で法要が営まれた。遺族ら約160人が参列、惨禍の記憶の風化が心配されるなか、後世に継承していくことを誓った。「被災者、ご遺族の皆さまは懸命に立ち上がり、きょうの東京を築いてきた。そのことを胸に刻み、持続可能な都市を未来へと引き継いでいく」とは、小池百合子都知事。カナダの与党自由党は9日、トルドー首相の辞任表明に伴い、次期首相となる新党首にマーク・カーニー元カナダ銀行(中央銀行)総裁(59)を党員投票で選出した。

(3月9日)
 午前中、私が住む地元花霞町内会の会合に出席。午後は中部ペンクラブの理事会に、名駅近くの国際センターへと出向いた。ところが、どうやら私の勘違いで国際センター内にいつもなら掲げてあるはずの「中ペンクラブ会議」の案内表示はさらさらなし。ここで、こうした時にいつも助けられている私が頼りとしている大垣文士・椿井楽山さんに電話して聞くと「ごんたさん。理事会はきのうでしたよ」とのこと。やれやれ、でこれもやはり老化の証拠か-と我ながら、情けなくなった次第である。
 名駅から国際センターまで歩く途次は「70代後半で、俺ほどこうして背筋もピンと伸ばして歩き通せる輩はそうそうざらにはいないに違いない」と。そう内心、自負しながら歩いてきたのに。これでは、全てがおじゃん。私はやはり年老いた、ひとりのお年寄りに過ぎないのか。と、今さらながら思うとナンダカ自分自身が情けなくなってきた。のである。あ~あ。と、ためいきが出る。舞がいたなら「ほら。ほら。またあ。もう。イヤっ!」とあきれ果てるに違いない。でも、人生いろいろである。こうしたミスも時には微笑ましくてよいかもしれない。

(3月8日)
 ニューヨークの国連本部で開かれていた核兵器禁止条約の第3回締約国会議が7日、「不安定化する世界情勢下」で核抑止力への依存強化を批判し【核なき世界】への決意を新たにする政治宣言を採択して閉幕。日本政府が参加を見送ったほか、過去2回は1部の国がオブザーバーとして出席していた米欧の核同盟、北大西洋条約機構(NATO)加盟国も不参加。核兵器を巡り、廃絶を求める国と抑止力に頼る国で分断が顕著になったーとは中日新聞夕刊1面トップ。

(3月7日)
 朝刊は【東北新幹線また連結分離 昨年9月と同様 走行中トラブル 重大インシデント認定】【「福井事件は無罪です」 前川さん捜査姿勢批判 中3殺害再審】【中央発条で爆発2人死傷 豊田の工場、23年にも事故】【殺人未遂疑い 息子手配 大津・夫婦死傷 近隣住民「父と不仲】と、けさも大小のニュースが満載である。

(3月6日)
 JRタワー12階のレストラン街で大学時代の同期4人で久しぶりに食事とあいなった。この日は、私ともうひとり〝みゆきちゃん、こと高柳幸(みゆき)の誕生日でもあり、妻もなく寂しい限りの私にとっては久しぶりに学生時代を思い出させてくれる楽しいひとときとなった。
 私が大学2年生の時、実力で講道館柔道の3段を取得した時のことを同期の〝みゆきちゃん〟が懐かしく語ってくれ、なんだか、あのころのこと、わが青春時代のことを思い出してしまったのである。面白く、いや今になって振り返れば楽しい話はいっぱいで、そのひとコマひとコマを記憶力抜群のみゆきが「いがみは、強かったよなあ」としみじみ語って聞かせる-など食事を囲んでの楽しいひとときはアッというまに過ぎ去ったのである。発案者で大垣からわざわざ出向いてくれた永田には、この場を借り心から礼を述べたい。みなステキな仲間ばかりだったな-と改めて思ったのである。

 それにしても記憶力抜群のみゆきには、感心させられたり懐かしんだり…で、あっという間に時は流れ去った。確実に言えることは、みんな若かったのに。皆、確実に〝じいちゃん〟になってしまったことか。

(3月5日)
 きょうは啓蟄(けいちつ)。冬ごもりしていた地中の虫たちが穴からぞろぞろと出てくるころ、だそうだ。本日付の中日新聞に【曽野綾子さん死去 93歳作家、「老いの才覚」】の訃報記事。心から合掌―
 記事によれば、あのいつもの若々しい顔写真入りで、こうあった。
 小説「神の汚れた手」やエッセー「老いの才覚」で知られる作家で、文化功労者の曽野綾子(その・あやこ、本名三浦知寿子=みうら・ちずこ)さんが2月28日、老衰のため死去した。93歳。東京都出身。葬儀は近親者で行った。………とあり、曽野さんの青春小説「太郎物語」シリーズは、東京から名古屋市の南山大に進学した息子の三浦太郎さんがモデルで、ベストセラーになった。1980年には大学編がNHKで「太郎の青春」としてテレビドラマ化もされた。

 トランプ米大統領が4日夜(日本時間5日午前)、上下院両院合同会議で施政方針演説に臨んだ。5日付の中日新聞夕刊によれば、だ。トランプ氏は各国への関税発動により物価上昇や貿易戦争激化への懸念が強まる中、関税強化措置の正当性を主張し、相互関税を導入する方針を改めて強調。ロシアによるウクライナ侵攻について「野蛮な紛争終結のため精力的に取り組んでいる」と述べ、早期の和平実現を目指す姿勢を強調した。
 さらにトランプ氏は演説で「米国は復活した」と述べ、自らの大統領返り咲きによって<アメリカンドリーム>にまい進している、とも主張。1月の2期目就任後、トランプ氏が外交や内政の方針を包括的に説明する初めての場になったという。
 なお、ロイター通信によれば、だ。2月28日の首脳会談決裂で宙に浮いたままのウクライナの鉱物資源権益を巡る合意を発表したい考えだが、この点についてはアメリカとウクライナ双方が最終的に折り合えるかどうか―となると、なお不透明だという。
     ※     ※     ※

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 朝。Kさんから「おはようございます。膝の治療・リハビリが先週で区切りがつきましたので、報告をさせて頂こうと連絡させていただきました。またお電話させていただきます。」のメールが入った。
Kさんといえば、だ。昨年の8月2日午後5時過ぎにわが自宅近く交差点で自転車を運転中、私が運転する乗用車と出合い頭に衝突、足に大けがをされ、救急車で江南厚生病院に運ばれた方で当然ながら私にも「前方をしっかり確かめなかった」非、すなわち落ち度があった交通事故の当事者である。
 私は、事故現場での江南署員による事情聴取はじめ、その後も一宮自動車学校での安全運転講習、江南署交通課と一宮区検察庁での聴取を受けるに至ったのである。

 というわけで、彼女、Kさんは私にとっては、忘れられない女性だけに、当然ながら私から電話をさせて頂き「よくなられて、何よりです」とあらためて自宅まで伺い、心からの謝罪をさせて頂いた。Kさんは「おかげで治療など区切りがつきましたので、連絡させて頂きました。伊神さんの方は、おからだ、その後大丈夫ですか」と話されたので「事故直後は、私も腰が痛くて大変でしたが今はもう、すっかり大丈夫です。Kさん、おからだ大切になさってくださいね。ホントに痛いめにあわせてしまい、申し訳ありませんでした。いつでも良いので声かけをしてください。食事でもしましょうか」と言って電話を切らせて頂いたのである。

 まさに人生いろいろで、この事故は舞が亡くなって以降のことなので、舞は何ひとつ知らない。そう思うと、ナンダカまたしても目頭が熱くなってくるのであった。舞が生きていたなら「気をつけなきゃあ。これからは注意するのだよ」と。私をたしなめたに違いない。
 というわけで、Kさんには私から電話をさせて頂き「その節は本当にご迷惑をおかけしてしまいました」とあらためてお詫びの言葉を、させていただいたのである。

(3月4日)
 岩手県大船渡市の山林火災は、6日目に入り、焼失面積は2600㌶に拡大、これは大船渡市全体の8%に当たり、1890世帯に避難指示が出されたという。東京は午後5時過ぎから新宿や渋谷などで雪が降り始め、高速道や国道の一部は閉鎖された。

 秋篠宮家の長男悠仁さま(18)が3日,成年に当たり、東京・赤坂御用地の赤坂東邸で初めての記者会見に臨まれた。悠仁さまは皇位継承順2位の立場にあり象徴天皇の存在につき「上皇さまや天皇陛下の考えを踏まえ、常に国民を思い、国民に寄り添う姿なのではないか」との認識を示され「公的な活動にひとつひとつ丁寧に取り組み、成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたい」と抱負を述べられた。また、皇室の在り方については「人々の暮らしや社会の状況に目を向け続けていくことが重要であると思う」とも語られた。
 皇位継承資格者が成年を迎えられたのは、1985年11月の秋篠宮さま以来約39年ぶりとなる。悠仁さまは筑波大付属高3年に在籍され、4月から筑波大生命環境学群生物学類に進学される。会見では「以前から興味を持つ昆虫、とりわけトンボを含め幅広く学んでいきたい。学問をしっかりと修め、課外活動にも取り組めたら」と話し、在学中は学業を優先させたい意向も示された。また結婚に関しては「理想の時期や相手について、まだ深く考えたことはない」と話された。

 中日夕刊は【米、ウクライナ支援停止 和平交渉確約するまで】【トランプ関税「4日発動」 メキシコ・カナダへ 対中追加も署名】【核禁条約「被爆者の悲願」 締約国会議 被団協・浜住さん演説】【トランプ関税「4日発動」 メキシコ・カナダへ 対中追加も署名】などといった見出しが並ぶ。

(3月3日)
 おひなさまである。
 岩手県大船渡市の大規模山林火災は3日、焼失面積が約1800㌶から約2100㌶へ、と拡大。県や市によると、市街地のある大船渡湾方面は火の勢いを抑えたものの、太平洋方面など広範囲に火が広がっている。煙が見えなくなってから再び燃え出す地域もあり、1896世帯4596人への避難指示が続いた
 午前中、わが妻たつ江が生前、ことのほかお世話になった荒木さんに昨日、長男夫妻からわが家に届いたお菓子のうち2個を届ける。荒木さんに喜んでいただけ、良かったな-と思う。

【欧州有志で平和部隊想定 ウクライナ支援 策定へ合意】とは、中日新聞の3日付夕刊紙面である。

(3月2日)
 日曜日である。朝、息子に車で名鉄犬山線の江南駅まで送ってもらい、金山駅で国鉄に乗り換え多治見市へと向かった。第58回多治見市文芸祭表彰式・講評会(場所は、ヤマカまなびパーク)に小説の部の審査員として出席するためだったが、久しぶりに乗車した金山―多治見間は、鶴舞、千種、大曽根、新守山、勝川、春日井、神領、高蔵寺、定光寺、古虎渓、多治見となかなか味わいあるものであった。
会場の表彰式に続く講評会は熱心な出席者との間で作品に対する意見交換を自由に行うといった具合で進んだが、皆さん熱心で充実した内容になったか、と思う。
 この日、小説の審査員として出席した私は小説を書く際の心構えとして➊登場人物が勝手に歩き出す展開が望ましい➋出来れば歌うように書く➌独りよがりの文体は避け、誰にも分かりやすく書くことの大切さーなどを強調させて頂いたのである。引き続き、出席者との間で質疑応答が自由に交わされたが内容もなかなか充実したものだったかと思う。
 いずれにせよ、多治見市の文芸祭は、今回で58回目を数えるだけに、市民文芸に対する市当局と関係者の力の入れようが、ピンピンと伝わってくる、そんな1日でもあった。

 応募した市民の中から将来、日本文壇を背負って立つ人物が現れるような、そんな実感を受けた1日でもあった。熱心な表情で表彰式に臨む小中学生の姿には頼もしい将来に通じる、そんな大器の片りんも感じたのである。というわけで、きょうは1日、多治見。この町の文芸が一つひとつ花開くことを願い、多治見市を後にしたのである。

(3月1日)
 朝。シロまじりにウグイス色が混じった野良猫【うぐいす君】が、わが家へ。私がいつもの場所に置いたごはんを、おいしそうに食べ、いずこかへ-と消えた。エサ置き場は外にセットされた監視カメラで見えるので、その一部始終がわかるのである。

一匹文士伊神権太がゆく人生そぞろ歩き(2025年2月~)

2025年2月28日
 きょうというか。2月の最終日、(ことしはないのだが)29日は亡き妻、たつ江(伊神舞子)がこの世に生まれ出た、幻の誕生日で、長男から「おかあさんの誕生日だね」のメールが入ったが彼女の場合、うるう年の29日生まれで戸籍上は「2月25日」である。それでも、彼女が元気でいたころはケーキを買ってみんなでお祝いをしたものである。
 そのかわいく、愛しかった彼女が旅立ち、ことしの10月15日(命日)が来れば、はや丸4年がたつ。だから、舞はウクライナ戦争も安倍元総理の死も、そして彼女にとってのふるさとのひとつ能登半島で起きた能登半島地震も知らないのである。信じられないが、彼女は何ひとつ知らないのである。舞のことだから、かつてのように何でも知っている-と思いたいところだが。実は、天に旅立ってしまった、その後のこの世のことは何も知らないのである。

 けさの新聞報道で私の目を引いたのは、【24年出生数最少72万人 少子化15年速いペース】である。ほかに【裏金再開「幹部会で決定」 旧安倍派責任者重ねて証言 参考人聴取 下村氏「派内の声伝えた」】【高校生「凱旋園区」に監禁か ミャンマー特殊詐欺 塀に囲まれたオレンジ屋根 逃げ出す外国人の姿も】といったところか。

(2月27日)
 午前中は歯のメインテナンス治療で自宅近くの歯科クリニックへ。私を担当してくださっている、チョット美しい歯科衛生士後藤さんにあれやこれやと治療して頂いた。いつものことだが、きょうは舟木一夫さんのことや家のことについて雑談しながらの楽しいひとときで、なんだか床屋さんで頭をカットでもしてもらっているような、そんな錯覚にとらわれた。不思議なひとときであった。
 午後。こんどは江南市内の一宮信用金庫支店へ。ここで女子行員に立ちあって頂いて、先日のシロアリ駆除に伴う薬剤散布と墨敷き台計37万8000円ナリを払い込む。いやはや、この世はお金がいることばかりだ。舞が生きていたなら、みんなやってくれるのに、とナンダカ悲しく、情けなくなった。

 岩手県大船渡市で26日午後に発生し少なくとも600㌶、84棟が燃えたとみられる山林火災は、その後も鎮火の見通しが立たず、夜通し消火活動が続いている。27日も白煙が広範囲に立ち上り、県や市は、けが人の有無や焼損面積など被害の実態把握を進めた。自衛隊などのヘリコプターが朝から消火作業を始め、被害拡大防止に全力を挙げた。……、とは、本日付の中日新聞夕刊【岩手の山林火災 ヘリで消火活動 県は仮設住宅準備】の記事である。
 いやはや、かつての東日本大震災の被災地で次から次にと【不幸の連鎖】が続く。大震災の不幸からやっと抜け出て立ち上がろうとしている矢先の不幸だけに、あんまりだと思う。

 夕刊に【切断遺体受刑者逮捕 殺人容疑08年琵琶湖岸で発見】【見えない猛毒回収した恐怖 地下鉄サリン30年 元消防隊員が回顧 原因物質特定できず、倒れる仲間も】【AI悪用 回線1000件契約 容疑の中高生3人逮捕】【チューブ外れ3歳女児死亡 岐阜県総合医療センター】(いずれも中日見出し)…と、なんだか血なまぐさい心が凍りついてしまいそうな暗いニュースばかりが並んでいる。
 殺人。猛毒。AI悪用。女児死亡…。これだけ、痛ましい記事ばかりを見せつけられると、やはり「人間社会は、これでよいのか」と思わざるをえない。私たち人間は、そうした汚れ切った社会のなかで生きている。漂っているのだろうか、と。ふとそんなことを思ってしまう。

(2月26日)
 赤旗の販売員で今は亡きたつ江(舞子)が生前、大変お世話になったUさんが亡くなられた-との訃報を集金においでた後任の「赤旗」の販売店員からお聴きする。がんで家族葬をしましたーとのことだった。私は「それは、それは。「Uさんにはうちの舞が生前、何かとよくして頂け、お世話になりました。ご愁傷さまでした」と言うほか、何の言葉も持ち合わせなかった。Uさんといえば、だ。今にして思えば、舞が入院していたころ、みかんを持ってわざわざ、わが家にまで「これで元気になって」と届けてくださるなど何かと大変、お世話になったことを思い出すのである。

 小牧の川島公子さん(元市議会議長)から「午後3時26分~44分、福田徹氏が国会予算委員会質問に登壇。NHKテレビで放送されるそうです。」のメール。福田さんといえば、だ。国民民主党の議員で滝高校の後輩でもあり、先日、川島さんと一緒に小牧市内で食事もした間柄だ。それだけに、さっそく拝聴させて頂いた。
「福田さん。新しい、避けては通れない医療と命の分野への理論的な切り込みで、なかなか良かったかと思います。滝高校の後輩にあれほどすばらしい後輩がいたとは。嬉しく思いました。石破さん(首相)も、かなりいい勉強になったかと思います。真剣な表情でしたね」と川島さんあてに返信メールをさせて頂いた。
 一方で、川島女史。彼女は、もしかしたら次の小牧市長になられるのでは-と、そんな気がする。

 国会質問に登壇した国民民主党の福田徹氏
 

 真剣な表情で質問に耳を傾ける石破首相(NHKから)
 

2025年2月25日
 【ウクライナ「紛争終結」決議 安保理 米提案にロシア賛成 英仏棄権 亀裂鮮明】【侵攻3年 欧州各地 連帯訴え】とは、中日新聞の本日付の夕刊1面見出しである。また日本経済新聞夕刊見出しは【平和維持軍 駐留で一致 米仏首脳ウクライナ停戦後 トランプ氏「資源協定近く合意」】【25%関税「予定通り」 対カナダ・メキシコ、3月発動 トランプ氏】といった内容だ。

 東京電力福島第1原発事故に伴う除染土の中間貯蔵施設が立地する福島県双葉町の伊沢史朗町長が24日、福島市で浅尾慶一郎環境相と会談。除染土を町内で再利用することを検討するーとの私見を伝えた。日本相撲協会が25日、大相撲春場所(3月9日初日・エディオンアリーナ大阪)の番付を発表。2度目の優勝を果たした初場所後に第74代横綱に昇進した豊昇龍が東の正位に座った。新横綱誕生は2021年名古屋場所後の照ノ富士以来で令和2人目。外国出身は8人目、モンゴル出身は叔父の朝青龍らについで6人目となった。番付を手にした豊青龍は「嬉しいけれど。チョットこわいですね」と語った。

 国公立大2次試験の前期日程が25日、全国各地の大学で始まった。172大学613学部に23万5719人が志願。倍率は昨年と同じ2・9倍。

(2月24日)
 きのうの祝日の振替休日。天皇陛下の65歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居・宮殿で催された。というわけで、本日付朝刊は【天皇陛下 大雪被害気遣う 65歳誕生日 一般参賀、5年ぶり祝宴】の見出しが躍った。
 ロシアのウクライナ侵攻から24日で3年。ウクライナは国土の約2割を占領され、両軍とも数十万人規模の死傷者を出す激戦で、第2次大戦後の欧州で最悪規模の戦争となった。
 双方が条件を譲ることはなく、和平への出口は見えない。……とは、中日新聞朝刊の本日付の記事で見出しは【ウクライナ侵攻3年 米ロ接近出口見えず ゼレンスキー氏「平和実現なら辞任」】といった具合。ほかには【詐欺拠点 外国人3000人保護 ミャンマー東部 多くは中国人か】【水尻監督アニメ銀熊賞 ベルリン映画祭短編部門】の見出しが目立つ。
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 ことしの世界選手権の代表選考レースを兼ねる大阪マラソンが24日、大阪・中央区の府庁前をスタートし大阪城公園をゴールとするコースで行われ近藤亮太選手が初マラソンの日本最高記録を更新する2時間5分39秒をマークし、日本選手トップの2位でフィニッシュ。近藤選手はゴール直前でエチオペアのイフニリグ・アダン選手に抜かれたものの、日本選手トップの2位に入った。近藤選手は初マラソンの日本最高記録を更新する日本歴代5位の2時間5分39秒をマークし、世界選手権の参加標準記録2時間6分30秒を突破した。

(2月23日)
 日曜日。午後。愛知県一宮市の出身である往年の青春歌謡スター、舟木一夫さんのコンサートに誘われ、一宮市民文化会館へ。それこそ、高校3年の青春時代から私自身も唄いなれた舟木さんの歌を聞かせて頂いた。彼は昨年、満80歳になったとの由。【高校三年生】が大ヒットした時には、わが母校滝高校(当時は滝実業高校)で高校三年生のロケをするなど何かと思い出深いふるさとの歌手だけに、おとろえを見せないあの声には、あらためて同世代として元気を与えられたそんな気がしたのである。
 それと彼の出身地である愛知県一宮市萩原の玉田美代子さんや石黒直子さん、金子光二さんら地元の方々の心のあたたかさ、結束ぶりにも度肝を抜かれた。コンサート後の【魚六】さんでの打ち上げ(懇親会)には私までが招かれ、楽しいひとときとなった(舟木さんは出演後そのまま帰京された、とのことで欠席)。いずれにせよ、日本を代表する、かつての青春歌謡の大歌手舟木さんが地元の人々のこうした結束で守られていることを痛感。彼はしあわせな男だなッと、思ったしだいである。

 コンサートでは【その人は昔】がわが妻、舞(伊神舞子)への思いとも重なり、胸が締め付けられ、気がつくと涙の滴がとめどなく落ちているのに気づき、持参したずっと昔に舞に買ってもらった白と赤のハンカチで目頭を何度も何度もぬぐったのである。舞、すなわちたつ江には私たちが駆け落ち地方記者として三重県志摩郡阿児町鵜方(現志摩市)の新聞社の志摩通信部に在職当時、夜など舞のからだを抱え、学園広場や絶唱、花咲く乙女など舟木一夫さんの歌を何度も何度も歌ってきかせたものである。あのころマイは、ただ若い、美しいからだを私に預け、ボクの声を聞いていてくれたのである。
 舟木さんが歌い続けたこれらの歌があればこそ、私たちは青春時代のあの苦難の道のりを泳ぎ、渡り、ここまでどうにか辿り着いた-そう言っても決して言い過ぎではないのである。彼が歌い続けた、あの歌の数々があればこそ、私たちは前に向かって歩くことが出来た-そう言っても決して過言ではないのである。

 舟木一夫さんのコンサートのあと、楽しく行われた地元の方々による打ち上げのひとコマ(一宮市萩原の「魚六」にて)
 

(2月22日)
 ニャンニャンニャンの日。すなわち猫ちゃんの日。今は亡き、あのオーロラレインボー、シロちゃんの日である。朝起きたら、ここ濃尾平野にも白い雪が1面に降っていた。
 きょうは、田中角栄(元首相)の日本列島改造論が華やかだったころに真珠の海・英虞湾で知られる三重県志摩半島阿児町で生まれた長男の誕生日である。よってメールで「おめでとう」と。そして「こちらは、(お祝いなのか)白い雪が降ったよ」と。そういえば、彼が生まれた、あの日も確か白い雪がチラホラとしており、その日は確か「南国志摩に雪」といった雑感原稿を近鉄電車による伊勢支局へのバック便やらファックス便、速記部さんへの直接吹き込み原稿で三重テレビにもあわせて送ったことを鮮やか、かつ確かに覚えている。

 あのころは、ファツクス便も使用が始まってまもないころで、浜島漁協にファックスを設置させて頂き、伊勢志摩版で【遠洋漁船だより】のコーナーを設け、遠洋漁船に乗る地元漁民の家族から大変喜ばれた。命がけで頑張っていたあの日々がついきのうのようでもある。その長男がいっぱしに育ち、昨年秋には日本イノベーション学会の学会賞に輝くなど私の今の心境はナンダカ夢を見ているような、そんな気持ちである。妻の舞(伊神たつ江)が健在だったら、どんなにか喜んだことだろう。そう思うと、やはり、またしても目頭には一筋の涙が浮かぶのである。「また泣いてる。弱っちいね」と傍らで笑顔で語る、あのたつ江の姿が浮かんできもする。

 さて。日本列島はきょう22日も日本海側を中心に大雪となった。気象庁は石川県の能登北部の平地で雪による大規模な交通障害が発生する恐れが高まっている-として「顕著な大雪に関する気象情報」を出した。このうち輪島市では22日午前7時までの6時間に27㌢の降雪があり、昨冬までの記録に並んだという。この冬の寒気は日本中でハンパでなく、積雪量となると青森県酸ケ湯504㌢、新潟県津南369㌢、同守門349㌢、山形県肘折318㌢、同大井沢307㌢…(日本気象協会アメダスランキング)とのことだ。やはり、人間たるもの、自然にはとうてい勝てないか。

 夕刊(中日)は【能登北部「顕著な大雪」輪島29㌢】【米、衛星ネット遮断警告 ウクライナに資源供与迫る】【佐々木投手 結婚を発表 一般女性と】など。このうち私の大好きな佐々木投手の結婚は「米大リーグのドジャースに今季加入した佐々木朗希投手(23)が21日、結婚したことを発表した、というもの。キャンプ地のアリゾナ州グレンデールで取材に応じ「メジャー1年目でお互い不安もあるが、支え合いながらやっていけたらと思う」と喜びを語ったーとある。今後の大成を大いに期待している投手だけに、心から祝福したい。

(2月21日)
 【硝子のジョニー】の、あのアイ・ジョージさんが1月18日に心筋梗塞のため死去。91歳だった。人は誰しもこの世を去らんがために生きていくのか。かなしい。悲しいけれどしかたがない。
 能登半島地震と能登豪雨で壊滅的な打撃を受けた石川県輪島市町野町で臨時災害放送局(災害FM)の運用実験となるラジオが23日午前10時~午後3時に放送される。住民らでつくる「町野復興プロジェクト実行委員会」(町プロ)が運営を担う「まちのラジオ」。住民のニーズなどを見極め、近い将来の定期放送を目指す。―とは、本日付の中日新聞の記事である。

(2月20日)
 けさの新聞。【岸田氏襲撃 懲役10年 和歌山地裁判決 未必殺意認定 「首相狙い 社会に不安」】【動機と犯行 結び付かぬまま 「選挙制度に不満」】【米自動車関税「25%前後」 トランプ氏 乗用車は現行の10倍 半導体や医薬品にも】【停戦 大統領選 最終合意 ウクライナ和平案「3段階」 米ロ調整報道】【10億円詐取疑い3人再逮捕 小牧の美容学校親会社 融資 運転資金に】【被害の地銀 「手口巧妙」見抜けず】といったところか。
 
 そして。きょう20日付夕刊は日経が【「ゼレンスキー氏は独裁者」 トランプ氏ロシアに同調 欧州首脳は批判】【米国防費、毎年8%削減 国防長官指示と現地報道】【発電・データ拠点一体整備 政府、官民協議会を新説へ】。中日が【岐阜の高校生50人衛星開発 僕らの夢宇宙へ届け 4月に打ち上げ 難関の審査突破】【韓国大統領刑事裁判始まる 本人出廷 内乱首謀罪、認否留保】といったところか。

 きょうは午前9時前にアイジーコンサルティングさんによるシロアリ被害予防のための防除工事に作業員一人が来訪。午後1時ころまで予防のための薬剤散布とM炭マットの敷設が進んだ。せっかくなので外との境界にある柵の部分にもシロアリ防除薬剤を散布して頂いた。同時に和室と台所部分へのM炭敷きもお願いし、この部分への薬剤散布も行われた。

(2月19日)
 午後。一宮区検へ。昨年8月2日に江南市の自宅近く古知野町花霞の交差点で起こした人身事故に対する検事の私に対する聴取のためだ。いやはや、事故発生現場での江南署員による事情聴取に始まり、その後の江南署事故係による改めての事情聴取、自動車学校での運転講習に続くもので、いったん事故を起こしてしまったあとの調べとなるといやはや、大変である。これで聴取は現場も含めれば3回目となる。
 私自身、若きころから交通事故の現場へはサツ回り記者として何度も足を運んだものだが。今回のように私自身が過失傷害罪の当事者として取り調べを受けるなぞ。ちと胸がチクチクと痛む。これからは交通安全に徹しなければ、とあらためて思った次第である。

2024年2月18日
 きょうは雨水(うすい)。雪が雨に代わるころで積もった雪が融け始め、暖かい地方では「春一番」が吹き、うぐいすが鳴き始めるころだ、という。各地の寒さとはうらはらに、春が確実に近づいている、とでもいえようか。
 
 火曜日。けさの新聞によれば、青森県八戸市の「みちのく記念病院」の元院長らが逮捕された入院患者間殺人の隠ぺい事件で病院が男=殺人罪で懲役17年が確定済み=を犯行後に閉鎖病棟に医療保護入院させていたことが捜査関係者への取材で分かったという。青森県警は元院長らが殺人事件の発覚を免れるため男を隠そうとした疑いがあるとみて引き続き調べを進めている-という。大阪府岸和田市議会は17日の市議会本会議で、女性との不倫を認めた永野耕平市長(46)に対する不信任決議を賛成多数で可決。永野氏は地方自治法に基づき同日付で失職。なんだか、どちらも信じられない、低レベル極まる暗い話題である。この世の中、一体全体どうなってしまっているのか。

 デ、これとは別に明るいニュースといえば、だ。中日本紙に掲載された【さぁ発進、井上ドラゴンズ 電気文化会館プレミアムセミナー(中日文化センター栄主催、月刊ドラゴンズ共催)】の社告か。今季のスローガン「どらポジ」のとおり、ドラゴンズにポジティブな風を吹かせる井上一樹監督。その井上さんは、どう戦うのか? を監督をよく知る山本昌さんが月刊ドラゴンズ・木村愛子記者のインタビューに答える形で語るといった内容で、どんなセミナーとなるのか。早くも期待されている。。

【原発回帰 脱炭素加速 再エネを最大電源に 政府計画改定】【温室ガス60%減 35年度目標決定 国連提出 パリ協定下回る】とは、本日付の中日新聞の夕刊見出しである。

(2025年2月17日)
 私の妹から珍しく「太田治子さんの記事 新聞に載っていましたね」のメール。私がうっかり見落としそうになっていた記事は16日付中日新聞朝刊文化欄の<人生のページ>で【母と娘の物語 上 太田治子 寂聴さんには ほめられたけど ■父譲りの自意識■「文才がある」】というものだった。

 太田治子さんの記事【母と娘の物語】
 

 神戸市出身で英国留学中の1983年に北朝鮮に拉致された有本恵子さん=失踪当時23歳=の父明弘さんが老衰のため死去。明弘さんは神戸市出身。自宅は神戸市長田区。96歳だった。これにより、未帰国の政府認定被害者で、存命の親世代の拉致被害者家族会メンバーは、横田めぐみさん=失踪当時(13)=の母早紀江さん(89)だけとなった。有本恵子さんはロンドンに語学留学中だった1983年、デンマークのコペンハーゲン経由で北朝鮮に連れ去られたとされている。1988年に拉致被害者石岡亨さん=失踪当時(22)=の手紙が札幌市の実家に届き北朝鮮にいることが判明したという。

 国土交通省が17日、中部国際空港(愛知県常滑市)で運営会社が現滑走路の東側に計画している新しい滑走路=全長3290㍍、幅45㍍=の着工を許可。供用開始は2028年3月31日を予定しているという。
 ほかには【米「4月20日までに停戦」 ロシアと18日高官協議か】(中日17日付夕刊)の見出しも。【きょうは1978年2月17日に、北海道幌加内町でマイナス41・2度を記録したことを記念し「天使のささやきの日」というそうです。】とは、本日付の中日夕刊<星の物語(朝倉哲夫)>から。

2025年2月16日
 日曜日。きょうも寒い1日である。

 16日付中日新聞によれば、アジア人で初めて米国野球殿堂入りしたイチローさん(51)=本名鈴木一朗=がニューヨーク州クーパーズタウンの殿堂博物館に個人コレクションをいずれ全て寄贈する意向だと14日、スポーツ専門局ESPN(電子版)が伝えた。優れた現代詩集に贈られる第30回「中原中也賞」の選考会が15日、山口市で開かれ、京都府の自営業高村而葉(じよう)さん(47)の「生きているものはいつも赤い」に決まった。この詩集は2005~2023年に書いた22編を集めた自身初の詩集で、高村さんは「世に出るまで、ただただ穴を掘り続けているような状態だった。知らせを受け、地上に間違って頭を出したモグラの気分だ」とするコメントを出したという。
 贈呈式は、誕生日の4月29日に山口市で開かれる。

 夜。NHK総合でNHKスペシャル【大型シリーズ 臨界世界 生死かけた難民逃避行 弱者を食らう闇の業者 禁断ロシア国境ルート】を見る。いろいろ、考えさせられた。

(2月15日)
 5年に1度のわが家のシロアリ点検で、いつもの業者さん(株式会社アイジーコンサルティング)のスタッフがわが家へ。業者は台所の床をはがして潜入、なかをくまなく点検。「シロアリの食害に遭っているところは、幸いありませんでした」とのことでホッと安心。20日(当初、19日の予定だったが当方の都合で延期に)にいつものようにさっそくシロアリ防止剤の散布と床下全域への炭引きをしていただくことにした。多少お金はかかるが、亡き舞の強い意志で建てられた、彼女の愛着が染みたマイホームだけに、白アリくんたちに急襲されてしまうことだけは、こんごも避けねばならない。というわけで、白アリ被害の防止のためにも「くれぐれもよろしく」と担当スタッフにお願いした次第である。

 川崎に住む長男夫妻から思いがけず、能登弁でいえば、だ。チョッコシ高価で味わいと風味が抜群である、そして能登色が満喫したチョコレートが宅急便で送られてきた。【能登の大地の恵み 金賞受賞作品】なるもので、三男坊と食べたが、これがまた、それこそホッペが落ちるほどにおいしかった。ありがとう。長男は七尾高校卒で能登半島で中学、高校と育った(ボートで石川国体にも出場、新聞にその勇姿が載ったこともある)だけに、ふるさとにも似た能登への思いが深い証拠だなと思った次第だ。と同時に、ナンダカ目頭に熱いものが走ったのも事実である。ありがとう。
 というわけで、おかあさんとシロちゃんの遺影、そしておまえの弟にも食べてもらった、本当に、これまで食べた多くのチョコのなかでも最高においしかった。さすがは、日本のイノベーション学会賞に輝いた息子だけのことはある。思いがけないチョコレートには、元々チョコ好きだったおかあさん(伊神舞子、たつ江)も、たいそう喜んだに違いない、と同時に息子夫妻には、これからも世のため人のため、そして何よりも自分自身のためにも健康で前に向かって歩いて行ってほしいと思った次第である。
親しき中にも礼儀あり、で。思いもしていなかったバレンタインチョコをありがとう。サンキューべりマッチ、と私。

 写真は長男夫妻から突然、送られてきた能登のチョコ・ボンボンショコラと能登出身のオーナーシェフ辻口博啓さんによる「能登の大地の恵み」の説明文。辻口さんは「私は18歳まで、この能登で生まれ育ちました。」と語っている。
 
 
 

(2月14日)
 金曜日。世の中は、バレンタインデーなるものに浮かれているのだが。私はこの日が訪れると、現役記者で空港記者だったころのチェリッシュさんの【青春の街小牧(牧すすむさん作詞・作曲)】と、能登半島時代に毎年、バレンタインデーになると決まってわが家のポストに置かれていた謎の女性からの岡村孝子さんのカセット【夢をあきらめないで】のことを思い出さざるを得ない。ある年には、私が演奏を得意とするハモニカが置かれていたこともある。今になって思うと、あのときの犯人は、もしかしたら-亡き妻、伊神舞子だったような気がしてならない。

 午後。社交ダンスのレッスンで一宮のスポーツ文化会館(スポ文)へ。タンゴとワルツ、クイックステップに黙々と挑む。レッスンの間は結構、大変ではあったが終わったあとは、やはり全身がスキッ、とし、やはり舞のことばどおり大切に続けていて良かったナ、との思いを新たにした。

 政府がコメ価格の高騰に対処するため備蓄米を最大21万㌧放出する、と発表。3月半ばから放出を開始し、同月下旬から4月上旬にもスーパーなどの店頭に並ぶ見通しだ、という。

(2月13日)
 きょうは確定申告の日で午前中、ニコホール(市民会館)に行くと「午前中は既にいっぱいなので、午後来てください」と言われ、【2時45分 61番】と書かれたシールを渡され、帰宅。午後、あらためて出かけ、午後2時45分のはずが大幅に遅れ、3時半過ぎに「61番さん」と呼ばれ、申告会場に。女性スタッフのテキパキした応対で申告は進んだが、それでも結構な時間がかかってしまい、午後5時過ぎ最後の一人としての事務手続きが終わり、やれやれである。還付金は約6万円ナリで、やれやれであった。
 この日にそなえ、あれやこれやと書類をそろえるのに結構な手間暇をかけただけに、これで年に一度の申告が終わったと思うと、なんだか背中に担いでいた重いものがやっと取り除かれた感じで、ホッとしたことも事実である。と同時に亡き妻と一緒に毎年申告会場を訪れていたあのころが懐かしく思い出されもしたのである。

 「脱原発社会をめざす文学者の会」幹事会の要請で毎月一度、身を削る思いで執筆している私、伊神権太の連載45回目【混沌からの旅立ち 何はともあれ〝楽しい日本〟に】がやっと、公開された。

(2月12日)
 中日新聞の本日付夕刊の【ワシントン=共同】電によれば、米国のAP通信が11日、米ホワイトハウスがAP記者の大統領執務室での取材を許可しなかった-と明らかにしたという。トランプ大統領がメキシコ湾をアメリカ湾に改称した後も、記事でメキシコ湾との表記を維持したためだが、ペース編集局長は「国民の独立ニュースへのアクセスを著しく妨げ、憲法が保障する言論の自由に違反する」と非難したというが、これはペース編集局長の方が明らかに正しい。大統領の負けだ、と言っていい。トランプさん、何をおかしなことを言ってるのだよーと言う国際世論も多いに違いない。これに対してAPはすばらしい新聞である。アメリカ市民の良識といっていいだろう。
 トランプ氏は2期目に就任した直後の1月20日、メキシコ湾の名称変更の大統領令に署名。メキシコ政府は当然ながら反発している。トランプさん。(大統領選に)勝って兜の緒を締めなくっちゃあ。そんな駄々を込めていたのでは、国際社会から笑われますぞ。あなたと同学年の私、伊神権太が言っているのだから。嘘はない。もっと、しっかりせんといかん。一度会って話しでもしようか。熱心なことは私とて承知している。

 スマホの調子が、このところどうもおかしい。データがいっぱいなので消去せよ、と半ば命令調なばかりか【クリーンアップしないと携帯電話は使えなくなります スパムメッセージが963件あります。片付けますか】などと言った具合に半ば脅迫にも似たアナウンスが、がなり声をたてる。そんな大変なけんまくで、だ。
 そこで、だ。システムエンジニアの息子に見せると、「おとうさん。絶対に相手にならないように。そういう雑音が鳴ったら、相手をしないでスキップを押すか、シロちゃんの画面を出すように。絶対に相手にはならないように。押したらアカン」とのことなので、私は相手にしないように、と自分自身に言い聞かせはするのだが。それにしても、ぎゃあつくぎゃあつくと。うるさすぎる。
 この思いついたように発狂してくる〝がなり音〟は、どうやら、なかなか消えそうにない。困ったものだ。それか。データが満杯になると、こうした嫌がらせにも似た雑音をわざと出すことにより、新しいスマホに替えさせよう-とのドコモの魂胆か。もしも、そうした魂胆が事実としたなら、私はドコモの横着な商法を許すわけには、いかない。抗議せざるを得ない。事実、データがいっぱいなのでスマホを今すぐにでも替えろとでも言いたげな、そんな発狂音である。これは、だれだって許すことが出来ない。
 いずれにせよ、しばらく親愛なる末っ子とともに今しばらく様子をみてみよう。

(2月11日)
 建国記念日。祝日である。

 私はこのところ、近づいた確定申告を前に各種必要書類をそろえるのに少しばかり大変である。今は亡き舞が元気なころは、あれやこれやと申告に必要な書類の準備を率先してやってくれ大変助かったのだが、彼女亡き今は毎年、四苦八苦しながら、孤軍奮闘の必要書類集めで毎度のことながら、能登弁でいうなら、ばだ。チョッコシ大変である。それでも大体は準備も終わり、やれやれで、あとは申告日を待つだけ。それにしても、彼女がこの世にいたころは黙っていてもアレヤコレヤと必要書類をそろえてくれ、嬉しく思ったものである。

 記録的な高騰が続くキャベツが愛知県田原市の畑で大量に盗まれ、新聞には【キャベツ800玉盗難 田原記録的高騰、売却目的か】の見出し。ほかには【岸田氏襲撃で懲役15年求刑 検察側「総理狙うテロ行為】(いずれも11日付中日朝刊)の見出し。

(2月10日)
 愛知県稲沢市の尾張大国霊神社、すなわち国府宮でこの日、伝統の【国府宮のはだか祭り】が行われ、神男の加藤稜大さん(26)に触れ、厄を落とそうとする下帯姿の裸男たちが激しくもみあった。厄よけの儺追笹(なおいざさ)奉納には昨年に続いて女性が参加。昨年の2・5倍以上となる約350人がササを担いで練り歩いた。神男は裸男たちの渦をかきわけて楼門をくぐり、終着点の儺追殿へ。登場してから1時間後に引き上げられると、万歳の歓声が上がった。いつもながらのはだか祭りではあるが、儺追笹を奉納するため参道を練り歩く女性たちの勇姿が光って見え、彩りを添えた。主催者側の発表によれば、ササ奉納ともみ合いの参加者は7980人、参拝者数は約8万人だったという。

 この日は愛知県豊橋市の安久美神戸(あくみかんべ)神明社でも国の重要無形民俗文化財の【豊橋鬼祭】が2日間の日程で始まり、地元の豊城中2年浪崎瑛太さん(14)扮する青鬼が氏子町内を走り、厄よけのあめを配って回った。

2025年2月9日
 日曜日。お昼前、朝刊を読み終わって台所の窓から裏庭をのぞくと、なんとあの2代目こすも・ここちゃん(愛称はタンゴ)がシロちゃんのお墓に来て神妙な顔で両手をそろえて仏の先輩猫たちに頭を下げているではないか。タンゴは、その後に私がけさ早く供えておいたシロが大好きだったごはん(コンボ)を食べ始め、やがてこれを空(から)にしたあと、いずこかへ、と去って消えたのである。
 何より、タンゴがこうして毎日、お姉さんであるシロ(オーロラレインボー)の墓を訪れてくれている証拠でもあり、私は素直にとても嬉しくなり「タンゴよ タンゴ。シロのことをいつも思ってくれていて、ありがとう」と心の底から手を合わせたのである。

 きょうも吹く風は冷たい。
 でも、少しは弱くなったかもしれない。私はいつものように午前中、新聞を読み、このあとシロと舞の遺影を前に、【エーデルワイス】を最初に【みかんの花が咲く丘】【能登の明かり】の順にスマホのユーチューブで聞き、「きょうもみんな元気で過ごせますように」と祈るのである。
 このところ連日、「今季、今冬最強の寒波が訪れています」と、どちらかといえば絶叫調で視聴者に語り掛けていたラジオ。ともすれば刺々しく聞こえていた各社テレビアナの声のトーンもどこか、柔らかく静かな落ち着いたトーンになり、心配していた最強寒波もとうとう、きょう現在では遠のいたようでもある。

 そして。私はわたしで、きょうも新聞を読み終え、落ち着いたところでスーパー「平和堂」へ。ここで久しぶりにカキフライ定食を食べたが、これがまたおいしく、志摩半島の的矢蠣や能登七尾の中島蠣を思い出したのである。こんなわけで、車のハンドルを手に、きょうも晴れ上がった大空に視線を向け私は舞とシロに見苦しくも「元気でいるか。げんきでいろよ。そのうち、きっと良いことがあるからな。待ってろよ。俺もきっとやったるでな」と名古屋弁で語りかけるのである。
 雲の向こうからは【ほんながかいね(ホントカシラ)】と、半分能登の女だった、あの懐かしい舞の声が聴こえてきたのである。

2025年2月8日
 午前中、いつものように。けさの新聞を読む。
 相変わらず▼石川、新潟「顕著な大雪」 広い範囲で警戒必要▼中部大雪予防的通行止め 名神や北陸道きょうも警報級▼「ようやく被害回復へ一歩 長野のひき逃げ逆転有罪受け両親 最高裁救護義務違反を認定▼水原被告禁錮4年9月 米地裁命令 大谷選手へ25億円賠償▼備蓄米早期に放出 高騰対策 国が14日にも概要 流通から消えた「32億杯分」 重い腰上げ投機に対抗▼兵庫知事買収疑惑で捜索 県警、地検 PR会社側の関係先など、この世は、いろいろである。そして。これらニュースのひとつひとつに、人それぞれのドラマが隠されている、これまた事実だ。それが人間社会というものだろう。
 けさ。友から「雪は大丈夫でしたか」と心やさしいメールが入る。ありがたいことだと思う。

 朝。見渡す限り雪の原だった外界も午後には太陽の光りに照らされ、昼過ぎにはいつもどおりの顔に。私たちは、やはり、自然の恩恵を受けて生きているのだな、とつくづく思う。新聞を読み終わり落ち着いたところで近くの古知野食堂経由でピアゴへと向かう。途中、ハンドルを手に、大空にむかって「舞。シロ。ふたりとも元気でいるか。俺はみんなに助けられ、何とか生きているよ」と報告すると。「あら、あらっ。また。おおげさな。あたしもシロちゃんも元気でいるから。心配などしないで。そっちは、そっちでしなければならないことがあるのでしょ。しなくっちゃあ」の声がはね返ってきた。
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 8日付の夕刊(中日新聞)は、石破茂首相とトランプ米大統領の初の日米首脳会談に関するもので【米、貿易赤字解消を要求 首相表明 投資Ⅰ兆㌦に増 日米首脳会談】【USスチール「買収ではなく巨額投資」 トランプ氏日鉄と協議へ】との見出しが躍った。一方で、トランプ米大統領が国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)職員らに制裁を科す大統領令に署名したことを受け、ICCの赤根智子所長が7日「裁判所の独立性と公平性を損ない、罪のない犠牲者から正義と希望を奪うことを求めるものだ。断固拒否する」と出した非難声明に触れ【赤根所長「断固拒否」 米、ICC職員に制裁 80カ国も非難声明】というものだった。 

(2月7日)
 中日新聞の本日付朝刊1面のトップ記事は【森友訴訟国が上告断念 文書の存在認める 開示是非 判断へ 「黒塗りにしないで」赤木さん妻】というものだった。「夫が苦しんだ原因が分かるものを開示してほしい」とは赤木さんの妻雅子さんの叫びだが、当然のことである。

 きょうは社交ダンスの女性教師〝若さん〟の個人的事情もあって、レッスンはいつもの午後ではなく、午前10時過ぎから開始。ということで、会場である一宮スポーツ文化会館へは朝早くからマイカーで出かけるなど午前中はちょっぴり、バタバタした。というのは、私の場合、毎朝、新聞その他を読むのにかなりの時間を費やすこともあって、その分いつもより早く起きて出がけにあれやこれやとすべきことをせねばならず、忙しい1日となったからである。
 それでもいつものように朝刊各紙を読み終えたあとは、かつては毎朝、愛猫シロ(故猫)ちゃんと共にユーチューブで聞いていた【エーデルワイス】と【みかんの花咲く丘】、そしてもう一曲、能登半島地震の復興応援歌である【能登の明かり(歌は岡ゆう子さん)】をしっかり聞くことから1日は始まったのである。
 そして。話は変わるが私が「脱原発社会をめざす文学者の会」幹事会からの要望で月に一度書いている連載コラム【文士刮目】も今回で45回目を数え、きょうはその公開日(タイトルは【混沌からの旅立ち 何はともあれ〝楽しい日本〟に】)でもあったのだが。(どうして、ああなってしまったのか)担当編集者の見出しの取り違えなどもあって原稿の全差し(全部差し替え)を要請する-などアレヤコレヤと何かと慌ただしい1日となった。自分ではまだまだ、若い気持ちではいるのだが、少しばかり疲れたことは事実だ。やれやれ、とはこのことを言うのか。

 それから。きょうは、だ。社交ダンスのレッスンから帰ったところで、とても嬉しい話がひとつ。それは、このところピタリと姿を見せなかった、亡き愛猫シロちゃんにかわいがられ、いつも行動を共にしていた2代目こすも・ここ、すなわち半のら、タンゴちゃん(愛称)がひょっこり、庭先に顔を出してくれたのである。これには感激、ごはんをやったことは言うまでもない。
 それにしても。タンゴは、なぜ。どうしてここしばらくの間、私たちの前に姿を現さなかったのか。単に寒い。寒かったからだけでもなさそうだ。理由はともあれ、「めでたしめでたし」で、それこそ🎵エオエ、エオエ~と両手をこすり合わせて能登の〝七尾まだら〟でも歌いたい心境である。お空にいる亡きシロちゃんとオカン(舞)に「そろそろ、オトンの前に顔を出してやってよ」と言われて。それでやってきたに違いない。
 夜に入り、その石川県七尾市と新潟県新潟市に気象庁が【顕著な大雪に関する情報】を出した。ちなみに、この冬は日本列島の各地が大雪に悩まされており、山形県新庄市など積雪が3㍍以上のところも珍しくない。大変な冬となっている。

2025年2月6日
 けさも風が冷たく、とても寒い朝である。新聞には【日産、ホンダと統合見送り 合意撤回方針 子会社化案で溝】【トヨタ売上高47兆円 通期予想 生産回復で上方修正】【米イスラエル会談 「ガザ 米が長期保有」 トランプ氏、住民移住案】【最高の眺望 ザ・ランドマーク名古屋栄】といった活字が顔をならべている。この世界が毎日毎日、顔を変えている何よりの証しでもある。
 というわけで、今この瞬間にも世の中は刻々と変わっており、と同時に何が起きるかもわからない。起きても不思議でない。それが、この世の中なのだ。どんなにあがこうが。この世の中、起きることは起き、何ごともなかったかの如く未知の世界を突き進んでいくのだろうか。

(2月5日)
 この冬一番の強い寒気団が流れ込んでいる、とは気象庁。気象庁によれば、北日本から東日本の上空約5000㍍は氷点下42度以下のこの冬一番の強い寒気が流れ込むため、大気の状態が非常に不安定となり、積乱雲が発達するところもある。東日本から西日本では、日本海側のほか、ふだん雪の少ない太平洋側でも内陸を中心に大雪となる見込みだという。
 というわけで、ここ尾張地方も、寒くて寒くって。たまらない。新聞も【岐阜の山間地で大雪 白川村230㌢、飛騨168㌢】【北陸、運休相次ぐ】(中日5日付夕刊)などと報じている。

【米、対中追加関税10%発動 中国報復WTO(世界貿易機関)に提訴 対カナダは1カ月延期】【ホンダ、日産子会社化打診 再建遅れ懸念調整難航か】【北海道で記録的降雪 岐阜と愛知も警戒必要 北陸道通行止め長浜―丸岡IC】【園児400人超が給食で食中毒 一宮、ノロウィルス】【吉田義男さん死去 91歳 監督で阪神初の日本一】【陸自演習場外に着弾か 滋賀りゅう弾砲 射撃訓練】とは本日付中日の朝刊見出しだ。
 そして【トランプ氏「米国がガザを所有」イスラエル首相と会談 住民の域外移住主張】とは日本経済新聞の5日付夕刊の見出し。いやはや、毎日毎日いろいろある。これが世の中、いや混沌世界ということか。

(2月4日)
 この冬最大の寒気団到来、との事前の度重なるニュースに朝、緊張して二階ベランダの窓を開けたが、当地(尾張名古屋)に関するかぎり、白い雪たちの姿は、そこにはなかった。内心では、寒いながらも半分「白い雪たち」を期待していただけに、人間とは勝手なもので、雪がなければないで、ちょっぴり寂しく残念な気がしたのも事実である。でも、「これでよい。これでいいのだよ」と言い聞かせる私がそこにはいたのである。それでも、外を走る風たちのさんざめきだけは、なぜか聴こえてくる。不思議なものだ。

 けさの新聞。【能登地震後 人口減加速 前年比2倍 6市町で7000人超】【地域守るため集いの場再び 珠洲の区長が土地提供 今夏新設へ】の見出しが気になる。ほかには【対メキシコ関税1カ月延期 麻薬流入阻止で米と合意 カナダとも協議】の記事か。亡き愛猫シロちゃんと行動を共にしていたあの2代目こすも・ここちゃん、すなわちタンゴ(愛称)がこのところピタリと姿を見せないが、元気でいてほしい。
 どこをうろついているのか。元気でいてさえくれれば、それでよいのだが。やはり心配だ。いつも今は亡きシロちゃんを見習ってかウーン、ウーンと甘えた声で近づいてきていたのに。寒いからか。それでも、わが家に取り付けられた監視鏡(カメラ)で見る限り、時折、深夜未明に姿を見せエサを食べており、こうしたタンゴを見て実はホッとしている。
 それはそうと、なぜ私の前に姿を現さないのか。日中に私の前に姿を見せてくれないのか。大変、心配している。タンゴのことは亡き妻、たつ江(舞)も十分知っている。それだけに、以前のように姿を何回でも見せてほしい。

 本日4日付の夕刊は【カナダ、メキシコ関税延期 一カ月 米、発動前日に転換 中国と「24時間内」協議】。これが米大統領、トランプ流のやり方なのかもしれない。ほかには【岸田氏襲撃殺意を否認 地裁初公判 弁護側は傷害罪主張】か。【能登の星空が希望になれば 能登町の学芸員SNS発信(板津亮兵)】は、とてもよい記事である。身も心も洗われる、とはこのことか。

 埼玉県八潮市で県道が陥没しトラックが転落した事故。1月28日の事故発生から1週間がたち、地元消防などが4日も運転手の救助活動を急いだ。現場では重機を穴の中に入れるための2本目のスロープ作成整備などを進めたが、穴に破損した下水道管から水が流入して救助を妨げるなど難航している。このため県は4日午後2~5時まで水の使用を控えるよう求めた。県は陥没事故以降、圏内12市町の計約120万人に下水道の利用自粛を呼びかけてはいるが、穴への水流入は収まっておらず、救出は難航、めどはたっていないという。

(2月3日)
 立春。とはいえ、きょうは本当に身も心も凍りついてしまいそうな寒い日だ。ついこの間までなら、いつも私の足元にいてくれた愛猫シロちゃん(オーロラレインボー)は、もはやいない。昨年秋、車に轢かれ突然、おかあさん(たつ江、伊神舞子)のあとを追うように逝ってしまったからだ。だから、私は、こうして寂しく、辛く、悲しい毎日をそれでも「生きなければ」と生きていくのである(幸い、能登で育った末っ子が居てくれるので、このへんは何かにつけありがたいことだな、と感謝している)
―というわけで、私は今は亡き俳人で詩人、歌人でもあった妻の分まで佳い作品を残さなければーとこうして日々文を読んだり書いたりして毎日を過ごしているのである。

 夕刊(中日)に【「メキシコ、カナダと協議」トランプ氏、関税発動前日】と【東証一時1100円超安 警戒拡大、ほぼ全面安】【「半導体で協力」確認 首相、7日、日米首脳会談で 衆院予算委】の見出し。ほかに文化・芸能面では【ガザに真の平和を 停戦後待ち構える課題 遠藤乾(東京大教授)】【昭和百歳 山口瞳が見つめた時代 山口正介 ➌美空ひばり ギリギリのところで】の記事も。それぞれ味があっていい。

2025年2月2日
 節分。2025年は『庚(かのえ)』。西南西のやや西の方角が恵方だそうである。

 球春 胸躍る 井上竜キャンプイン】(中日朝刊)【米、関税「1日発動」 メキシコ・カナダ25% 中国10% 報道官】【高木W杯日本勢最多35勝(スピードスケート女子の高木美帆がワールドカップで通算35勝を挙げる)】(毎日2日付朝刊)など。けさも新聞紙面は、あれやこれやと活字が躍っている。楽しい話題があれば、かなしい見出しもある。これとは別に、一部報道によれば、あのロサンゼルスの大火もようやく治まったようだが、ドジャースの大谷選手一家も愛犬と共に一時避難したとのこと。そこには、まさに地球温暖化と人類との闘い、葛藤までが見られるのである。

 2代目こすも・ここ、亡きシロにかわいがられいつも行動を共にしていた〝半のら〟タンゴちゃんが最近なぜか、わが家に姿を見せないので心配している。デ、タンゴのことをよく知り、舞が生前、とてもよくして頂いた荒木さん(女性)ちに、電話してみると-。「元気でいるから。伊神さん。心配しないでいいから。それより、いい小説、書いている? がんばって。私たち、みんなで期待しているよ」との返事だった。ホッとして受話器を置く。

2025年2月1日
 プロ野球中日の春季キャンプが1日、沖縄県で始まった。25日まで滞在し、1軍は北谷町、2軍は読谷村を拠点にシーズン開幕に向けてチームを強化する。――とは本日の中日新聞夕刊の1面記事【井上竜常勝チームへ キャンプイン】の記事である。この日はドラゴンズをはじめとした12球団が一斉にキャンプインした。

 朝。舟木一夫さんの熱烈ファンである玉田美代子さんから「今日 新聞大きく掲載されました」のラインが入ったので、さっそく中日新聞の尾張版を開くと【「舟旅」一緒に一年でも長く 歌手舟木一夫さん(80) 80歳に「今が一番良い状態」■地元一宮は「自分のペース」】の活字が飛び込んできた。インタビューに対する舟木さんの返答がとても前向きでよいこともあって正直、なかなか良い記事だな、と思う。
 中に「人生最後に歌うなら、どの曲を選びますか。」との記者の質問があり、これに答え彼は【「高原のお嬢さん」と「学園広場」かな。】と答えているところが特に印象深かった。私自身、松本に続く志摩半島での駆け出し記者時代に、それこそ〝駆け落ち記者〟時代、一緒になってまもない妻を傍らに、よく歌って聞かせたものである。ほかにも🎵コンコンコンコン、君はいま なぜ泣いてるの~などといった純愛青春歌謡も、である。
 懐かしい、とはこういうことを言うのか―としみじみ思う私である。

 舟木さんの話題で埋まった中日新聞の1日付尾張版
 

【能登よ のと ―おかあさん(1、2、3)】 伊神権太=随時掲載

1.
 能登半島の七尾湾に面した七尾市。それまでこの町の居酒屋の室内一隅でいつものように何ごともないように静かに座っていた一匹の野良ちゃん、黒白まだらの能登猫が突然、猛烈な勢いで気が狂ったかの如く客席を何度も走り回ったあげく、何かを訴えるように海に向かって走り去った。石川県能登半島は七尾の駅近くに居酒屋やすし店などが立ち並ぶ七尾の銀座街。その店での思いもかけない出来事、1件である。
 わたくしは、あの時の猫の緊迫した表情を決して忘れはしない。みんなに可愛がられていたその猫は、そのまま居酒屋からニャンニャンと泣きながら消え去ったのである。1993年(平成5年)2月7日午後10時27分、能登半島沖地震が起きる、まさに寸前の話しだ。わたくしは、走り去る前のあの猫の、やさしさに満ちあふれた穏やかな両の目を、いまだに忘れられない。
     ※   ※     ※

     ★   ★     ★
 おかあさん。おかあさん。おかあさぁ~ん――と。私は空に向かって毎日、何度も呼ぶことにしている。「元気でいますか。俺たちは皆、元気だよ」と。
 おかあさんは、時にはおふくろだったり、妻の舞・たつ江だったりする。
「俺たち、みな元気でいるから。心配しないで。どしとん」とも。
 
 きょうは2025年1月13日である。マグニチュード7・6、最大震度7の能登半島地震が昨年の元日午後4時10分に起き、1年が過ぎた。この間、能登の人々の心は、どんなにか傷つき、裂かれ、折れそうになったことか。その悲しみ、悔しさを思う時、かつて新聞記者として家族もろとも能登の七尾に7年間、住んだことがある私自身も何度か心が折れそうになったのである。いや、時には折れたかもしれない。

 ところは、ここ濃尾平野は木曽川河畔に広がる愛知県江南市である。私は、赤信号の信号待ちで車を止め、きょうも青い空に目をやる。2021年秋に病で、ひと足早く逝ってしまった妻の舞(たつ江)、そして昨年秋、そのおかあさんのあとを追うように車に轢かれてしまい、後を追って天に召された、真っ白な姿がとても優雅でかわいかった愛猫、俳句猫だったシロちゃん(俳号「白」。本名はオーロラレインボー。名付け親は、俳号が舞。名前は私がつけた)は、今はこの空の一体全体どこらあたりにいるのだろうか。
 私は、そんなことを思い、いつものように恥ずかしげもなく、「まい。舞。た・つ・江。元気でいるか。シロ、白。おかあさんを頼むよ」と呼びかけるのである。シロが単なる交通事故で死んだのか。それとも自ら通行車両に身を投げて自殺したのか。この点については分からない。とはいえ、轢いてしまった人物には「私が轢き殺してしまいました」とせめて名乗り出て、一言でよいから謝ってほしく思ってはいるのだが…。

     ☆     ☆     ☆
1🎵能登の海山 空に散り/涙を集めた 禄剛崎(ろっこうさき)よ/凍え千切れた この街だけど/きっと咲くだろ 雪割草よ/雪割草は 幸せの花/明日は輝く 朝が来る
2愛する人を 呼ぶ声も/無情な風に 消えるけど/キリコ いしるに 輪島の塗りよ/忘れはしないさ ふるさと能登は/ひとみ閉じれば まぶたに浮かぶ/御陣乗太鼓の みだれ打ち
3昨日も今日も いつの日も/あなたの笑顔が ここにある/海女の磯笛 かもめの唄よ/和倉 朝市 一本杉が/強く生きてと ささやきかける/能登はやさしや どこまでも どこまでも=能登半島地震復興応援歌【能登の明かり(作詞・伊神権太、作曲・牧すすむ、編曲・安本保秋、歌・岡ゆう子】より

 尾張名古屋は愛知県江南市内の自宅居間の一室。けさも食卓の一隅に置かれた私のスマホ・ユーチューブから岡ゆう子さんのあの、一言ひと言をかみしめ、能登半島そのものを励ましてくれるような、そんな哀愁を漂わせた絶唱が聴こえてくる。わたくしには、かつて家族もろとも能登半島の石川県七尾市に住んでいたころのことが懐かしく思い出され、一緒に歌ううち声が涙ごえになってしまう。声にならないまま<能登はやさしや どこまでも……>と流れてくる彼女の声を耳に、なぜか泣き崩れる自身を感じている。歌詞の最後の部分は能登に伝わるこの地ならでは、のことば【能登はやさしや 土までも】から取ったのである。この「土」は、好きな男が出来たら、自身の腹を「槌(つち)でたたきわり堕胎してでも、どこまでも男についてくる、そんなおとろしい「槌」でもあるのである。
 かつて友人の詩人長谷川龍生さん(元大阪文学学校校長)と能登半島を巡った際に土地の人々に教えられた言葉だが、実際、奥能登のある神社には、その【槌】が神前にぶら下げられていたのである。どこまでもやさしい能登の女性の代名詞といってもよく、その分、この土地はおっとろしいほどに人々の心という心は清らかなのである。

 そういえば、地震といえば、だ。もはや、はるかかなた昔の話だが。私が新聞社の七尾支局長でいたころ、平成5年2月7日にも能登半島突端の珠洲市を中心に、あの時は能登半島沖地震と言う名の地震(マグニチュード6.6)が発生。翌早朝、愛車でヒビ割れた雪道を避けながら能登半島突端部の現地に1日がかりで急行。七尾支局長だった私自身が現地取材キャップとして珠洲通信部近くの民間の空き地に現地記者らと緊急のテントを張って取材基地を開設。地元能登半島に点在する半島記者たちはむろんのこと、北陸本社報道部にも記者とカメラマンの応援を随時、要請して求め、そのまま10日間ほど現地キャップとして取材の指揮をとったことがある。
 あの時は地震が起きた当夜、たまたま短歌の取材を兼ね七尾駅近く七尾銀座の居酒屋「知床(しれとこ)で当時、石川県歌人協会の役員でもあった故松谷繁次さん(後に同会長。当時は短歌雑誌「凍原」=現「澪」の前身=主宰)、そして私の妻たつ江の歌人仲間だった山崎国枝子さん(現「澪」代表)らと談笑していた私は突然の大きな揺れに泡を食い、取るものもとりあえず翌早朝、あちらこちらひび割れた道路をものともせず愛車を走らせ、なんとか能登半島突端の珠洲通信部まで急行。近くの空き地にテントを張っての取材基地を設け、現地キャップとして10日間ほど取材の指揮をとったことがある。
 確か珠洲市一円で液状化現象が激しく、市内の至る所が噴出する泥水にまみれて水浸し状態で、歩くに歩けなかった。そんなことを覚えている。いらい能登半島では私が七尾支局を去って以降も忘れたころに大きな地震がしばしば発生するといった、そんな恐怖の繰り返しがこれまで再三、続いてきたのである。かつて私が駆け出し記者として長野県の松本支局にいたころ、当時、延々と続いた松代群発地震をなぜか思い出させる、そんな強烈な地震でもあった。

 それにしても、昨年の元日、能登半島西方沖から佐渡島西方沖にかけて延びる活断層を震源に午後4時10分に発生したマグニチュード7・6、最大震度7に及んだ今回の能登半島地震は輪島の朝市が焼失する一方で能登全域で全壊、半壊家屋が相次ぐなか、孤立集落も続出するなど被害は、とてつもなく大きなもので私が在職当時の地震とは比較にならない。具体的には死者489人(うち災害関連死は261人)、全壊家屋6445棟、半壊家屋2万2823棟、一部破損家屋も10万3768棟=いずれも2024年12月24日時点=と、その被害は限りなく広く深く、多岐に及んでいるのである。
 
 時は流れ。
 2025年が明けた。蛇、へび、ことしは脱皮が繰り返される巳年である。蛇といえば、だ。なぜか、あの【能登の夢】の作詞者で七尾、すなわち能登をひたすら愛し続けた今は亡き俳優森繁久彌さんのことが思い出される。と同時に、あのころ父親の〝森繁さん〟といつも一緒だった、あのどこまでも気のいい息子の泉さん(故人。当時全国少年少女ヨット協会代表)によく冗談で言われたことが忘れられない。彼は私に向かってこう言ったのである。
「私のオヤジである森繁久彌とあなた、すなわち〝ごんさん〟のイッコクなところ、とてもよく似ている。面白いくらいだ。さて? オヤジがマングースなら。ごんさん、あなたはハブかな。いや、もしかしたら、まむしかもしれない。反対かな。図星でしょ。ふたりとも噛みついたら離さないほど執念深いのだから。困った人なのよ。ネッ、ごんさん」と、だ。
 事実、当時、森繁さん親子の愛艇だったクルーザー「メイキッス」号が北回り日本一周の途次に七尾湾に滞在した時などに愛艇の船内で私に向かって冗談めかしてよく言われたものである。

 話は、今から37、8年前。森繁さんが自家用クルーザー【メイキッス号】で息子の泉さんやその土地にゆかりの名優を従え、北回りで日本一周旅行中、和倉温泉で知られる七尾湾に立ち寄った時に遡る。泉さんは誇り高き父親森繁さんと歌舞伎の【いがみの権太】ならぬ私、伊神ごん(当時の私のペンネーム)との丁々発止のやりとりに心底臆することなく「このふたりは、話し出すと少しだけ怖くなり、一体全体どうなってしまうのか」と心配してくれたものだが、そのすこぶる気のいい泉さんはもはや、この世の人ではない。この世には生存しないことも、また事実なのである。

 空には、きょうも雲ひとつない。青空が広がっている。その懐かしき、私たち家族にとっては、ふるさと同然だった能登。能登半島がいま地震と豪雨水害というダブルパンチを浴び、傷だらけになって苦しんでいるのである。どの人もこの人も、だ。気のいいやさしさあふれる能登の人たちに一体全体、何の罪があるのだ。恨みがあろう。何か悪いことでもした、というのか。「ほいでなあ。あのなあ」「ほやわいね」「そやそや」と独特のやさしさあふれる口調、言い回しで皆、けなげに、かつ正直に毎日を生きているというのに、だ。というわけで、わたくしはあらためてユーチューブで、森繁さんの【能登の夢】をしみじみと聞き、続いて、ここ能登の海で古くから地元の人々によって歌われてきた【能登の海鳥】にも耳を傾けるのである。この歌は、岸壁の母で知られる、あの二葉百合子さんも彼女ならでは、の名調子で時折、うたっている。

 そして。2025年の1月10日。木曽川下流沿いに広がる濃尾平野の朝が清々しく明けた。スイトピアタワーも木曽川も、濃尾平野も一面が雪の原である。
 わたくし(伊神権太)は、初雪となった白い雪を踏みしめながら、つくづく思う。
―きょうの能登の朝は、どんなだろうか、と。と同時に、かつて七尾在任時に連日、白い雪が降り注ぎ、支局入り口駐車場部分を長い氷柱(つらら)とともに雪の塊が覆い尽くしていた、そんな日々が懐かしく思い起こされるのである。七尾市中心部を流れる御祓川近く。伝統の和ろうそく屋さんにお菓子屋さん、蕎麦屋さんに印刷屋さん、着物屋さん、靴屋に電気屋、金物店、当時まだ若かった私がこだわって通った美容院。ほかに白い土蔵が目立つ古い家並みが立ち並んでいる。それこそ、この町ならでは、の落ち着いた佇まいと風格がなつかしさを感じさせる【一本杉通り】には能登半島を束ねる新聞社の奥行きの長い七尾支局が通りに面して立ち、人々はその白い雪を踏みしめ、踏みしめ歩いていたのである。裏手には小丸山公園もあり、まだヨチヨチ歩きだった末っ子が若い支局員に手を引かれ、山まで上り下りし、そうした支局員のやさしさに感激したものでもある。あれから何年がたつのか。

 こうした何もかもがやさしさに満ち満ちていた七尾。その独特の風土の中、妻たつ江は積雪続きに当然のように末っ子を背負い、支局入り口・玄関部分に溜まった雪を連日、雪かきでかいていたのである。来る日も来る日も、だ。支局員や来客が訪れる前までには除雪しておかなければ、というのが彼女のひとつの目安でもあった。末っ子がまだふたつか、みっつのころの話だ。

 ところで、きょうは時代も人々も代わり、尾張名古屋は江南市の令和7年1月の朝である。
「おかあさん、おふくろ。おはよう」
わたくしは自宅居間の妻と母の遺影に向かって、こう呼びかける。そして。昨年秋、ここ数年の間に相次いで旅立った妻とおふくろの後を追いかけるように、こんどは車に轢かれて急死し旅立ってしまった愛猫シロ(オーロラレインボー)の遺影に向かっても、こう呼びかけるのである。シロよ。シロ。シロ。シロちゃん、お空の天国である天の川で元気でいるか? おかあさんも元気でいますか-とだ。

 これより先。令和7年の1月9日朝。わたくしは、ここ尾張は木曽川河畔の街、江南市の花霞で、この物語をこうして書き始めている。心の底にいつも潜んでいる無冠の大作家太宰治。私にとっては、あの立原正秋とは筆致こそ違うが、めったにいないライバルである。あの治子さんの大切な父でもある太宰。彼のふるさと青森の五所川原市。そこは、この冬、大変に深い雪のようである。町も、城も、リンゴ畑も。皆がみなだ。白一面に覆われ、埋もれているのだという。
 午後1時過ぎ。私はハンドルを手に昨年秋に自分が作詞し、かけがえなき友である牧すすむさんの作曲、そして輪島市門前の自宅が全壊してなお編曲に尽くしてくださった安本保秋さんらの情熱と協力で誕生した能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり】を聞きながら空の碧というアオに向かって思い切って話しかけてみる。
「たつ江。まい(舞)。俺たちは、まだまだこれから。これからなのだよ。おまえと俺の人生は。これから。これからなのだ。俺たちは生きている。これから始まるのだ。バカにしたいやつらがいたなら、それはそれで、そうすればよい。ともかく、俺とおまえ、そしてシロはいつだってみんな一緒。実在と幻の世界に生きる不思議な俺たちだが。どちらも永遠不滅なのだよ。シロちゃんも、だよ」
 私を知らない他人が聞いたら、それこそあきれ果ててしまうに違いない。そんなような会話を胸に、わたくしはまたしても確かに天に向かって繰り返し言うのである。「おまえは、どうして逝ってしまったのだよ。シロもだよ。なぜだ。なぜなのだ」と、である。

 そして。私は、またしても空の扉に口を開いて、こう叫ぶのである。
「能登の笹谷さん(私が七尾在任当時の販売店主の名前。当時、ここには女傑店主として天下に広く知られた笹谷輝子さんがおいでた)の若主人ノリさんと若奥さん、それにこちら(尾張名古屋)に戻ってからずっと文芸仲間として何かと大変お世話になっている【わがふるさとは平野金物店】の内藤洋子さん(エッセイスト)、さらに弟さんでドラゴンズの名手だった人格者の平野謙ちゃん。ほかにおまえが生前、大変お世話になった治子さん。社交ダンスの若先生、こちらの地域社会では歌のおばさんで知られる〝とし子さん〟、さらにはおまえのお兄さんも、だ。みんな。み~んな。皆さん元気でおいでだよ」

 私の言葉はさらに続く。
「でも。とても残念なことに俺たちがかつて世話になった能登は昨年の正月元日に起きた能登半島地震で大変なことになっている。珠洲、輪島、門前、能登、志賀町、穴水、七尾、能登島、羽咋……が、だ。木っ端みじんとなり、大変なことになってしまった。でも、おまえが大変お世話になった笹谷さんも。山崎さんも。仏壇店の南さん、和倉の女将さんたち、ママさんソフトのおばちゃんたちも、だ。みな元気だから。確認したよ。
 それから。和倉温泉といえば、だ。和潮(かつしお)の女将同様、大変お世話になった岡田屋マリちゃん、そして何度もおせわになった七尾の老舗旅館・さたみやさん、和倉の田尻さん、七尾花正の今井さん(ふたりとも元七尾青年会議所理事長)…とみ~んな元気でおいでだ。さたみやさんはあの風格ある建物を解体してしまったそうだが…。なんということなのだ。みんな大変なのだよ」
 私は舞とシロの遺影に向かってさらに叫ぶように話しかけた。涙がとめどなくあふれる。でも、いまさらどうするわけにもいかないのも事実だ。泣き言ばかりを言っていて、これからどうせよ―というのだ。月日は無言のまま過ぎ去っていく。でも、これ以上、地震には襲われたくない。何より、生きていかなければ。みんなで助け合って、元気でたくましく生きてゆくことなのだ。

2.
 2025年2月6日朝。木曜日である。
 尾張名古屋の空は、どこまでも晴れわたっている。粉雪が薄い透明な氷となって路面に白く張り付いている。寒い。私は道路全体が白いシートにおおわれたような薄い雪景色を目の前に、津軽の雪はどんなだろうか、と思いをめぐらす。こな雪。つぶ雪。わた雪。みず雪。かた雪。ざらめ雪。こおり雪。太宰の小説「津軽」に言う7種類の雪なら、どれがあてはまるのだろうか。

「もうダメ。だめよ。だめだったら」という舞の声が、路面で逆上がりでもするように迫ってくる。だめよ。だめっ。だめだったらぁ。もう。イヤっ。だってば~。やめて」と、半分笑顔の舞の顔が目の前に迫った。
「やめて。やめてよ。雪さん、雪さん。もうこれ以上、降るのはやめてよね」と真剣な表情で雪たちに話しかけていたあの頃の彼女の表情が目の前に浮かんだ。もう、ずっと前。はるか昔の話しになるのだが。私たち家族は能登の七尾で7年間を過ごしたのである。

 朝。ここ尾張名古屋でも風たちがヒューヒューっと鳴っている。もっと寒い能登の朝はどんなだろうか。ラジオから「日本列島には今季最大の寒波が訪れています。日本海側を中心に広い範囲で大雪になっています」とアナウンサーの声が流れてくる。妻と愛猫シロに先立たれてしまった私はけさも二階ベランダのガラス窓を開けるや、大空に向かって「シロちゃん。まい(たつ江)。おふくろ。こっちは大寒波なんだってよ」とたつ江が生前、いつも手にしていた小型ラジオを傍らに話しかける。
 空からハラホロと落ちてくる白い雪がひとひらひとひら、まるで生きもののように私の目に、鼻に、口に-と降り注いで舞い込んでくるのである。
「どしたん。元気? あんたは、いつだって弱っちぃんだから。そんなことでどうして生きてゆけんだよ。だめよ。そんなんじゃあ。あたしとシロちゃんの分までまだまだ楽しく過ごしてくれなきゃあ。あたし、安心しておれないじゃないの」
 あの志摩や能登など行く先々で聞かされた甘い、鈴をならすような声が雪片と一緒に顔いっぱいに次から次に、顔に突き刺さって飛び込んでくる。それにつけても、俺はいま、どこでどうしているのだろう。一体全体、何をしているのか。俺は彼女なしでこれから。どうして生きていったらよいのか。愛する妻もシロちゃんも、もはやこの世には居ないのに、だ。私はそんなことを思い描きながらも「それよりも。おまえも、シロちゃんも天国に少しは、なれたか。元気で幸せに過ごすのだよ」と言葉を付け足す。

 早いもので令和も六年が過ぎ去った。きょうは令和7年2月6日である。朝。いつものように二階ベランダに立ち空を仰ぐと、そこでは先ほど来の雪たちが私の顔に向かって我先に、とばかり降り注いでくる。白い雪の花たち。雪の精がひとひらひとひら、ヒラヒラと天から舞い落ちてくる。私は、その雪の花々の中に舞とシロの魂が生きていると思うと、無情なこの世の宿命のごときものを感じ、またしてもささやきかけるのである。
「舞よ、マイ、そしてシロちゃん。おまえたちは一体全体、今は、どこでどうしているのか。おまえたちはこの大気のなかのどこに潜んでいるのか。元気でいるか」とである。

 そして。それとは別に、だ。私は「おはよう。おはよう」ときょうも空に向かって話しかけ、舞とシロに向かって呼びかける。「元気でいるか。元気でいろよ。俺たち、残された家族は幸い、皆げんきでいるから。ナ。心配しないでいいよ」と、だ。
 ところで。わたくしには毎朝、この地上から見る空の色が気になる。カラリと晴れていれば「よかったね。元気でいてよ」とナンダカその分だけ幸せに包まれたような。そんな気持ちになる。「たつ江(伊神舞子の本名)、たつ江。おふくろ。シロちゃん。元気でいるか」と、である。他人が聞けばおそらく誰もが「いつまでも。未練たらしい。見苦しい」と笑ってしまうかもしれない。いやいや、現に人は笑っているに違いない。

 こんなわけで私は毎朝、今は亡き妻の舞(たつ江。伊神舞子)=2021年10月15日子宮がんで病没=と愛猫シロ=2024年10月21日。何者かの車に自宅近くで轢かれ謎の死。俳句猫「白」。本名オーロラレインボー=、そして舞が逝った翌年2021年5月16日に満百二歳の誕生日(6月1日)を直前に天国に召されてしまった母(千代子)に向かっても、だ。私はこう、呼びかける。「まい。おふくろ。元気でいるか」「シロも元気か。俺はなんとか、こうして生きている。こっちの方は残された家族皆がそれぞれ元気でやっているから。安心していい。それより、そっちでちゃんと。幸せにしているか」とだ。それはそうと、能登の七尾で育った子らは皆、立派に育ち社会人として頑張ってくれているのである。おまえは居なくなってしまったが。これほど幸せなことが他にあろうか、とだ。

 戸外では、きょうもチュチュチュッ、チュチュッと小鳥たちが大空を高く低く、楽しそうに旋回している。何かを私に訴え、話しかけるように囀り、空の一隅をスイーッと高く旋回したあと、今度は急降下しながら、どこまでも急接近してくるのである。
 それはそうと。わたくしは昨夜、久しぶりにあの美空ひばりさんの名歌【愛燦燦(あいさんさん)】と【川の流れのように】【悲しい酒】をスマホのユーチューブの音曲に合わせ一人、静かに感情を込め歌ってみた。このうち【愛燦燦】と【川の流れのように】は確か私たち家族が転勤で小牧から能登の七尾に行くか行かないか、あのころに大ヒットした、人々の心に染み入り、かつ迫りくる歌だったかと記憶している。
 その美空ひばりさんだが。彼女については、戦後まもなく七尾市は魚町の繁華街・一本杉通りに「まだおさげの少女のころに、よく歌いにおいでたわいね。大勢の人たちがひばりちゃんをひと目、ときてくれた。よお~覚えとるよ。この町を流れる御祓川も晴れ晴れしており、どなたさんも生き生きしとった。ほやわいね」と土地の古老が自慢話でもするように、だ。よく話しておいでだった。
 そして。今となれば、そんな日々が懐かしく思い出されるのである。
 ところでひばりさんが一本杉を訪れた当時、私の職場である新聞社の支局が魚町にあったかどうかとなると、戦後まもないころの話しで私には分からない(七尾支局は、私が勤務する数代前に開設されたと聞いてはいる。だから少なくとも昭和四十年代以降の開設に違いない。ただ最近では私が支局長として在任中は間違いなく七尾支局の局舎は一本杉通りに面していた。しかし支局局舎は、私の在任時も含め、その後は確か二度移転している)。
 ただ、美空ひばりさんが戦後まもなく。まだ少女のころに七尾の一本杉通りを訪れ、歌を歌い、能登の人々の間で大変な人気だった-という話は当時の地元古老の言なので、間違いないに違いない。おそらく、ひばりちゃんが来演したその日はさぞかしパッと花が咲くような人々で賑わったに違いない、と私はそのように勝手に思うことにしている。

 そんなわけで時は昭和、平成、令和と流れ、現在に至っている。
 ここで話しを元に戻すと。私たち家族は昭和六十一年八月から実に七年という長きにわたりお世話になった能登・七尾から平成六年春には転任で、岐阜県は大垣市の住人となっていた。そして。その日。いや、あの日、その瞬間は突然やってきた。1995年1月17日午前5時46分52秒。阪神淡路大震災が起きたのである。あのとき、七尾支局から大垣支局への引っ越しに伴い、私たち家族には能登・七尾から連れてきた愛猫てまりも確かに一員として私たちと一緒に大垣支局2階の支局長住宅で共に暮らしていたと記憶している。そして。その日はしばらく止まらないほどの激しい揺れに支局建物も揺れに揺れ続けたのである。
 あの日、私はてっきり明治時代に起き、多くの人々の命を奪った、あの根尾谷断層で知られる濃尾大地震(1891年10月28午前6時38分50秒に濃尾平野北部で発生したマグニチュード8・0の巨大地震。死者7273人、負傷者1万7175人)の再来かと思った、あの時の恐怖と記憶は今も忘れられない。そして、その揺れこそが、まさに未曽有の阪神淡路大震災で、その日は大垣でも確かに支局の建物が大きく揺れたのである。
 そして。私は被災地が自分の管轄外とは知りつつ、地震発生の翌日には支局員に車で新幹線の岐阜羽島駅まで送ってもらい、被災地へと向かった。新幹線で大阪までは行ったものの、大地震発生で多くのビルや家屋が倒壊、火災も発生したなか、阪神高速道がペシャンコにひん曲がるなど何もかもが身動きがとれなくなっていた。大都会大阪や神戸、西宮ではそれこそ、ありとあらゆる民家やビル本体が倒壊したり、ひび割れしながらも辛うじて立ち、それでもなんとか開業していたカプセルホテルに泊まり、翌朝からはバスやタクシー、船など僅かに動いている乗り物ならなんでも良いので飛び乗って、とりあえず靴の街で知られる長田町に入り、それからは被災地の至る所を歩いて見て回ったのである。

 足は自ずと被害の目立つ場所をピンポイントで探し求めて歩きまわったが、行く先々は、どこも崩れ落ちた瓦礫の数々と地震火災で焼け落ち、それこそ焦土の町と化していたのである。なんということなのだ。それでも私は瓦礫の山々を目の前に、ただ焼け野原同然と化したその町をなおも歩き続け、どこまでも広がる瓦礫の山々には、唖然とするほかなかったのである。そして。あの日々の状況につき私は自著【町の扉(能登七尾・わくうら印刷)】で次のように書いている。
―平成七年一月十七日早朝。神戸を中心に関西を襲った阪神・淡路大震災では六千四百余人もの人々が犠牲になった。その阪神淡路大震災発生時には、休みをあてて現地に入り、被害の惨状を、この目でしっかりと確かめてもきた。木曽三川分流に力を注いだオランダ人水理工師ヨハネス・デ・レーケの墓が心配になり、神戸を訪れたが、幸い寝棺だったこともあり、難を免れていた。/新聞社の中日社会事業団の呼びかけに、と基金してきた読者は、数知れず、一時はこの受け付けに追われて支局業務ができなくなるほどのパニック状態に陥ったこともある。/支局女子職員の〝なっちゃん〟は、毎日毎日、近くの大垣共立銀行まで足を運び、寄付金を本社の口座に振り込んだり、小銭の勘定に追われたのだった。あるときなぞ、淡路島は俺のふるさとだから不憫でならねえ、といったその筋の人まで寄金に支局を訪れ一見してそれと分かる風采にそれこそ一瞬、判断に迷いながらも義援金にほかならないため丁重に礼を述べて受け取ったこともある。ありがたいことだ、とつくづく思う日々だった。/養老町の町内会のように一度に何百万円と持ち込む例も珍しくなく、支局受けつけ分だけでも実に三千万円を超える善意に、世の中にはこんなにも善意の人々がいるのか、とあらためて感じ入ったりもした。……(オランダ花ものがたり-大垣編から抜粋)

3.
 2025年3月19日。朝である。ここ尾張名古屋も、風が強くて寒い。東京では雪が降った、とラジオニュースが伝えている。

 かつて能登の七尾で7年ほど家族共に過ごした、その一家の柱だったたつ江(伊神舞子)がこの世を去って、その後に愛猫シロちゃん、オーロラレインボーまでが昨秋、後を追うかの如く突然の事故死で逝ってしまい、それからというもの、私の心はずっとポロポロどころか、ポロきれも同然である。それはそれとして。かつて能登半島で家族そろって楽しい日々を過ごし、たつ江の元気だったころを思い起こすと、決まって【とと楽半島・のと】を思い出してしまうのである。

 それはそうと、だ。私が新聞社の七尾支局長として働いていたころに話を戻そう。当時は、バブル全盛期といってよく、和倉温泉のだんな衆は、女将(おかみ)に何もかもを任せ、酒を飲んであちこちを商談で回っているだけに見られがちで、それでも宿という宿は連日、大入り満員で大いに繫栄していた。当時は、全国的に湯の町のどこもがバブル景気に浮かれていたが、そうしたなかでも能登の和倉温泉といえば、だ。ニッポンの温泉百選で毎年1位を占めるなど温泉街全体が好景気に満ちあふれ、加賀屋や銀水閣をはじめ金波荘、大観荘、たな嘉、能州、のと楽…などといった大手から和潮、岡田屋、はまなすなどといった中堅旅館まで温泉街全体が生き生きと輝き、舞い上がっているような、そんな時代でもあった。
 そんな中、各旅館店主、いわゆるだんな衆は商談もあって連日、旅館街を胸を張ってかっ歩、そうした姿がいつのまにか、だんな衆すなわち〝とと〟は飲み歩いて旅館の方は女将に任せ通し、だから女将が宿をしっかり預かり支えており、〝とと〟は女将に宿を任せて置けばいい、だから〝とと〟は楽で【とと楽】なのだーといった言葉、すなわち【とと楽】と言う言葉まで生まれ、連日飲み歩いている主人が楽ちんでいるなか、女将(おかみ)さんたちが歯を食いしばって自分の宿をしっかりと守っていたのである。実際、私自身も新聞社の一記者としてそうした現場を何度も目の当たりにしていただけに、【とと楽】のことばは、女将さんたちに与えられたある種の、名誉の勲章みたいな。そんな気がしてならなかったのも、また事実である。

 さて。話しを、この物語の主人公であるボクの高校時代と新聞社の駆け出しの記者時代に戻そう。
たまたまボクは今、週に一度の社交ダンスのレッスン帰りに、かつて通学していたわが母校・滝高校の正門横、江南市東野の道路交差点を車で通り過ぎながら、いつも決まって思うことを改めて反芻してみる。
「あのころ、私が荷台に柔道着を結わえ付け、この高校に自転車で通っていたころ、私はまだおまえ、すなわち後に私の妻となるたつ江の存在を当然のことながら何ひとつとして、全く知らなかった。確かに、たつ江は、その頃既にこの世の中のどこかの小学生か中学生として生きていたに違いない。なのに、である。それでも俺はおまえの存在をずっと知らないままでも、そのころは生きておられた。いや、おまえがいなくても、だ。生きてこられたのである。
 そして、このことは誰の人生にもあてはまるだろう。でも、だ。今になってつくづく思うに、だ。当時、おまえが俺の傍に居なくても俺がここまで生きてこれただなんて。今となれば、とても信じられない話だ。ということは、俺はその後俺の妻となるたつ江、すなわちおまえが当時は傍にいてくれなくても、だ。俺はあのころ、すなわち少年時代をそのままずっと生きていることが出来た-。と。そんなことを思うと人間って。随分と自分本位で、いやいや自分勝手で薄情かつ不思議ないきものだなあ。なんて思うのである。
 いやいや、人間たちはそのように自分自身はその後のことが何もわからないまま、それでも目の前を切り開くようにして生きている。「でなきゃあ、生きてなんかはおられない。のかもしれない」と。ここで私はあらためてこの世の摩訶不思議さと自分本位であることに気付くのである。

 あのころ。そう。舟木一夫さんの「高校三年生」が大ヒットしていた。ボクは当時、高校三年生だった。そして。その時ボクは当然のことながら、まだ、この世の中でおまえ(たつ江)の存在を知らなかった。そして新聞社に入社してまもない新人時代も、おまえの存在など、つゆとも知らなかった。それでも当時はおまえがいなくともそれなりに生きていたのである。
 ここで話しのステージは変わる。あのころ駆け出しのサツ回り記者だった私は、松本市内の音楽喫茶【まるも】に入りびたりで、各種取材を終えると毎日毎日支局には上がらず、その前に喫茶店内の一隅で原稿を書いたり草稿をねったりしていた。そして。当時、おまえはまだ俺のそばには、まだいなかった。いや、つゆほどの姿もなかったのだが、当時はカルメンマキの【時には母のない子のように(寺山修司作詞)】を毎晩、毎日、黙って<海を見つめていたい>とひとり歌って生きていたのである。夜になって事件もなく、時間があれば支局近くのスナック【ことぶき】に行き、いつもひとり寂しく飲んで歌っていたのである。
 そして。あのころ。おまえはまだ俺の目の前には現れてはいなかったが、モルモン教の信者だったみはるがいて、そして。もう一人音楽にめっぽう強くて詳しくいつも【まるも】のカウンターに座っていた天ぷら屋の看板娘ひろちゃんがいた。彼女は、確か田島と言った。ということは、私の近くにはみはるとひろちゃんが居た。だから、仕事に励むことが出来ていたのかも知れない。というわけで、人は不思議。不思議ないきもので、どんな時にも誰かに支えられ、生きていくのである。

 舞台は能登半島へと変わる。かぜが、お空の中でサワサワとどこまでも泣いている。

 ヒュー。ひゅる。ひゅるる。ひゅるる…と、通り過ぎていく。かぜたち。かぜの音が今は亡き妻、舞(たつ江)とそのあとを追うように死んでいった愛猫シロ、オーロラレインボーの声に思えて仕方がない。
 私は、そんな風の音を耳に、また舞とシロが一緒に住み慣れたこの家の上空に羽を広げて鳥となって戻ってきた 戻ってきたな、と思うのである。風たちの中に舞も、シロすなわちオーロラレインボーも生きている。舞も、シロも。この大気のなかにいるのだ、と。
 そういえば、舞は能登半島の七尾市にいたとき、よく七尾湾を見下ろせる高台岸壁に立ち、ふたつか三つになったばかりの末っ子をまるで宝物でも抱くように大切に抱きかかえ、海の方に指をさし、よく繰り返し、こう言った。「うみ。うみ。うみだよ。おかあさん。このうみ。大好きだよ」と。
歩き始めてまもない末っ子をそれこそ、宝物同然に左腕で抱きかかえ、もう一方の右手で眼下の水平線の方を指さし、わが子に語り掛けることが多かった。「うみ、うみ、うみよ」「うみだよ」と。母親の目はいつも光り輝いていたのである。
 そればかりか、支局裏手の小丸山公園となると、海の全貌を望むことが出来る絶景だった。それだけに、彼女はたまに私と連れ立って早朝散歩に出かけた際など、よく末っ子を抱きかかえ「あれがうみ。うみ。うみだよ。うみよ」と眼下の七尾湾に向かって何度も何度も語り掛けたものである。当時、新聞社では【海を感じる心を国内外に発信しよう】と、私の発想がきっかけとなり、地元七尾青年会議所と一緒に海の詩(うた)大賞の公募をし、国内外から毎年千篇を軽く超す作品が寄せられたことがあり、俳句や短歌などのたしなみがある舞も下読みなどの応援に駆り出され、七尾JCメンバーらと応募作の下読みと作品審査に駆り出されたことも何度かあった。
 そしてこうして選ばれ、最終審査に残った優秀作は<みかんの花咲く丘>や<かわいい魚屋さん>など数々の作詞で知られる日本を代表する童謡詩人加藤省吾さんを審査委員長に、選考が進められたあの日々を私はいまなお忘れることが出来ない。イマイさん、キノシタさん、サタミさん、タジリさん、イダヤさん…ら。あのころの七尾JCメンバーの顔が今なお眼前に大きく、かつ、くっきりと浮かび上がるのである。
 当時、七尾のタクシーに乗れば運転手さんたちは誰もが口を合わせて「なんも。ここ七尾はニッポン中で一番魚がおいしいとこっちゃ。なので。全国各地から大勢の人がその魚を食べにおいでになるわいね。そやわいね」と自慢そうに言ったものである。
 なかでも七尾湾内で採れた〝あかにし〟のお寿司となると美味しさは、それこそ天下一品だった。その七尾、能登半島が能登半島地震に襲われ、いま泣いているのである。なんたることなのだ。

 早いもので家族そろって住み慣れたその七尾を去って、三十余年がたつ。私はいま、こうして私が幼少期から社会人になるまでの間を育った尾張名古屋は木曽川河畔の愛知県江南市で定年になり再び生き続けている。かつては信長や秀吉、生涯をかけ信長を支えてやまなかったお類、すなわち吉乃たちがこの地を縦横無尽に走り回っていたのである。ここ濃尾平野は、そんな由緒ある土地柄でもある。

 「たつ江。シロ(オーロラレインボー)」
 ふたりとも元気でいますか。ボクたちは、どうにか生きているよ。尾張名古屋は愛知県江南市の桃源通りを歩きながら。わたくしは、きょうも空に向かって亡き妻と愛猫の魂に向かってふらつき、よろめきながら呼びかける。
「もう、いやあ~ね。何を今さら。あらためて気取って言っているのよ」といったおまえの、あの鈴を鳴らしたような、少し甘ったるい声がボクには聞こえてくる。

 ところで私たち、俺たちがかつて家族で暮らしていた能登半島は今、大変なことになっている。おまえが生前、末っ子ということもあって一番アレヤコレヤと心配していたカズは元気でいるので、心配はご無用。有能なシステムエンジニアとして毎日、忙しそうに出勤しているのでご安心ください(たまに出張で朝早く出かけたりし、かと思ったら在宅ということもあるけれど)。
 それと。俺も昨年分の確定申告が終わったので、これからやるべきことはやらなきゃ、と思いを新たにしている。遠い昔のことではあるが、既に読んでいる太宰が編んだ物語を手元にある文庫本で毎日最低でも1ページ以上は読み返している。やはりボクはおまえと一緒でなぜだか太宰が、そう。太宰のことが好きでたまらないからだ。おまえが生前、シロと共に大変お世話になったハルコさん、彼女は元気でおいでだから心配しないでください。

「ナンダカ、話しが飛んで、飛んで、飛んでしまったね。それはそうと、つい先ほども触れたが。ボクたち家族がかつて7年間、住み、大変お世話になった能登。その能登が、昨年の元日に地震に襲われ、今は大変、大変なのだよ」。だから、俺はおまえも知る小牧の牧すすむさん(琴伝流大正琴弦洲会大師範・倉知弦洲さん)にオレの能登の詩(うた)を託して能登半島復興応援歌【能登の明かり】をつくって頂いた。詩はむろん、俺が書いた。自分で言うのもおかしいかしれないが。まずまずいいふうに書けたと思っている。
 ところで、こうして生きている間にも、きょうも毎日毎日、まるで日が生きもののように過ぎ去っていく。令和七年三月十一日。この日はあの忘れようにも忘れることが出来ない東日本大震災から満14年の日である。この日も過ぎ去った。この間、わが家では、おまえも知っているようにいろんなことがあったよな。それはそうと人はなぜ、こんなにも大きな不幸を背負いながら生きていかなきゃならないのか。俺も、おまえも、だ。
(続く。随時連載)

一匹文士伊神権太がゆく人生そぞろ歩き(2025年1月~)

2025年1月31日
 朝。能登半島は門前(輪島市)の安本和秋さんからメールが入る。「今朝の新聞に載ってました。ありがとうございます。」というものでメールには31日付北陸中日新聞能登版に掲載された記事の写真が添えられていた。感激したのは私とて同じで、さっそく作曲者の牧すすむさん(愛知県小牧市在住)と岡ゆう子さんの事務所である東京豊島区高田のパインミュージックプロモーションの代表、市瀬和敏さん(岡さんの担当)にも連絡させて頂いた。と同時に、この記事を書いてくれた若き記者、小牧の三宅駿平記者にもお礼のメールを打たせて頂いたのである。
    ※     ※     ※

    ☆     ☆     ☆
 名古屋市の愛知教育大付属名古屋中学校2年、近藤にこるさん(13)=同市守山区=が人工知能(AI)の活用法などを紹介する事業を起業した。起業を学んだ市内のスタートアップ(新興企業)育成拠点「ステーションAI」運営会社のプログラムの参加者の中で最年少だった。―とは中日新聞の夕刊記事。1面トップ見出しには【AI推し 起業家は中学生 大学生らと育成事業で学ぶ 教育に活用目標「リスク恐れず」】とあった。いよいよAI時代に突入か。
 そういう私も、このところは何か事を成そうとする時にはジェミニ君にあれやこれやと聞いている。すぐ反応してくれ、時に経験不足からかピントはずれの回答も多いが、彼(AI)は彼なりの返答をしてくれている。返答には良い時もあれば、悪い時もあるーといったところが正直な感想である。いずれにせよ、最後は私本人の考え(判断)を頼りにせねば、というのが正直な実感である。ということは最後は私自身の知能が頼りということである。

(1月30日)
【「幸せの黄色」にさようなら JR東海】(30日付の中日朝刊見出し)とは、29日午後、鉄道ファンらが見守る中でラストランを迎えたJR東海の東海道・山陽新幹線の検査車両ドクターイエローである。そして。今ひとつは【横綱朝青龍 誕生 「気魄一閃(きはくいっせん)」口上再び 「優勝2桁」目標 「何倍も稽古しなくちゃ」】だ。
 
 きょうは30日。木曜日。朝からめっぽう寒い。 
1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)であった一家4人強盗殺人事件で再審無罪が確定した袴田巌さん(88)が29日、刑事補償法に基づき、約47年7カ月に及ぶ身柄拘束の刑事補償金として約2億1700万円を国に求め、静岡地裁に請求。請求書では「拘置された後は死刑の恐怖にさらされ。精神の変調をきたした経緯が認められ、肉体的、精神的苦痛による損害の程度は計り知れない。30歳という働き盛りの時期から身柄拘束され、逸失利益も相当高額なものだ」などとして上限いっぱいの補償を求めている。このほか刑事補償とは別に、裁判費用も「相当額」の交付を求めた-というものである。

 トヨタ自動車が30日に発表した2024年のグループ世界販売実績は前年に3・7%減の1082万1480台。認証不正による生産停止の影響などで2年ぶりの前年割れとなったが、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)グループの902万7400台を上回り、5年連続で世界首位に。29日、米国の首都ワシントン近郊のレーガン・ナショナル空港近くで小型機が軍用ヘリコプターと衝突、墜落。米メディアによると、小型機には約60人が乗っていたという。

2025年1月29日
 【PFAS(発がん性が指摘される有機フッ素化合物)米基準超 住民8割 岡山 公費で初 血液検査 岩倉市公費予定なし】【京アニ放火殺人死刑確定 青葉被告が控訴取り下げ】【祈る亡き若者の未来思い 日福大スキーバス事故40年】【道路陥没トラック転落 埼玉 深さ6㍍の穴、救助難航】(いずれも29日付の中日新聞朝刊見出し)……。きょうも愛変わらず多くのニュースが朝刊で報道されている。このなかで直接、私が取材記者として現地に取材ヘリで急行。遺族の涙、涙のなかで取材したのが日福大の犀川ダム湖への、あのバス転事故である。あの時は確か地元の体育館に遺体が並べられ、駆け付けた家族の面々との涙、涙、また涙だった。あの悲惨極まる場面は今だに忘れられない。

 そして。岐阜県恵那市で天草と水による細寒天づくりが進められている、とはNHKラジオアナによる正午のニュース。これに続く昼の憩いの音楽、メロディを聴くと、どうしてもあの愛猫シロ、シロちゃんのことを思い出してしまうのである。彼女はいつも正午になると決まって帰宅。食事を前に、私と一緒に共に聴いたのが【昼の憩い】であった。そのシロちゃんは、もはや私たちの前にはいない。悲しくて仕方がない。舞だけでなく、あのシロ、シロちゃんまでが天国の空遠くに逝ってしまっただなんて。悲しい日が、きょうも続いているのである。

 夕刊(中日)は【核リスク、AI兵器、気候変動 終末時計1秒縮み89秒】に始まり、【ロス山火事「気候変動関与」 高温、乾燥、強風起きやすく】【小中高生の自殺最多527人 24年、高止まり続く】【現場近く 新たに陥没 埼玉 運転手は74歳 救助続く】【石川で震度3】と相変わらずの紙面。暗い記事が目立つ。なかでも自殺が増えている、との記事には、それこそ胸がふさがりそうな、そんな気にさせられたのである。

2025年1月28日
 本日付の中日新聞夕刊特報面に【アウシュビッツ解放80年 大量虐殺 行き着かぬために なぜユダヤ人か、健全性とはー 今を考えるヒントに イスラエル国旗身にまとう若者の姿】と【ガザ攻撃正当化のイスラエル 人類共通の悲劇と認識を】の見出し。デ、アウシュビッツ解放80年の総合リード(前文)の方は以下の通りだった。
―80年前の1月27日、ナチス・ドイツにユダヤ人ら110万人以上が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所がソ連軍によって解放された。ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の現場となった収容所の跡地は博物館として保存され、世界中から多くの人たちが足を運ぶ。ウクライナや中東で戦禍が絶えぬ中、記者も再訪し、アウシュビッツの教訓を改めて考えた(木原育子、写真も)
 1月16日、日本から西へ8800㌔余り離れたポーランド南部の都市オシフィエンチムに記者はいた。ここにアウシュビッツ強制収容所跡地がある。見上げれば「働けば自由になる」と書かれた当時から残る看板。だが、誰も自由にならなかった。2023年2月、ロシアのウクライナ侵攻から1年の節目に訪れた後、約2年ぶりの再訪だった。前回と様子はずいぶん違っていた。多くのユダヤ人が運び込まれた入り口「死の門」の監視棟は白い布で覆われ、近くに巨大なメディアセンターが設営されていた。解放80年の記念式典が27日に控えていたからだ。………

 木原記者にはかつて1、2度お会いしたことがあるが。今では立派な記者、書き手である。頼もしいとは、こうした文に出会ったからである。立派な記者に育ったものだと思う。

2025年1月27日
 月曜日。きのう東京・両国国技館で行われた大相撲初場所千秋楽は。先場所13勝で優勝次点の大関豊昇龍(25)=本名スガラグチャー・ビャンバスレン、モンゴル出身、立浪部屋=が12勝3敗で並んだ王鵬、金峰山との優勝決定ともえ戦を制して9場所ぶり2度目の優勝を果たした。日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は、この日番付編成を担う審判部から昇進を諮る臨時理事会開催を要請されて受諾、27日の横綱審議委員会(横審)に昇進を諮問することを明らかにした。横審で出席委員の3分の2以上が賛成すれば、推薦が決まり、29日の春場所(3月9日初日・エディオンアリーナ大阪)番付編成会議と理事会で第74代横綱が正式に誕生する。外国出身の横綱は8人目で、モンゴル出身は照ノ富士以来で6人目となる。豊昇龍の横綱昇進が正式決定すれば、春場所の番付は1993年初場所以来の「横綱空席」を免れることになる。

 この日、27日の朝刊ニュースは、ほかには【長野駅殺傷 46歳男逮捕 現場から3㌔自宅で 殺人未遂疑い、黙秘】【尹大統領を起訴 内乱首謀罪 拘束最長6カ月 韓国現職初】【岐阜知事に江崎氏 与野党相乗り 20年ぶりトップ交代】といったところか。

 午後。作家仲間で富山県在住、常日ごろから何かとお世話になっている山口馨さん(長野県在住)から【砂の本】(鳥影社)と題する小説一冊が送られてきた。収録作品にⅠ砂の本Ⅱ虫の譜Ⅲ無言歌、とあり、山口さんならではーの作品群といえようか。帯は、あの芥川賞作家村田喜代子さんの筆で「われは砂、サラサラとこぼれ落ちる この一粒よ、止まれ。ここに秘められたことばが洩れる………。とあった。

 山口馨さん。おめでとう。そして、ありがとうございます。さっそく読ませていただきます。

1月26日
 日曜日。中日の販売店員松本さんが新聞代を取りに昼前においでた。彼は一時、足腰が悪くて大変だったが、その後、回復。お元気そうで何よりである。彼を見ると、遠い昔、新聞社に入ってまもない練習生のころの金沢の販売店での販売店実習を思い出すのは、なぜか。あの時は雨が続き、大変だった日々を思い出す。それどころか、店主さんがオートバイで販売中、事故に遭い足を骨折されたこと、ほかに店員で販売仲間の〝ゲンさん〟のことなど懐かしいシーンが次々と思い浮かんだのである。もう、50数年も昔の話だ。〝ゲンさん〟は元気でおいでだろうか。それにお店の娘さん、秘蔵っ子で当時、高校生だったチイちゃんは、今ごろどうしておいでか? 新聞代の集金でおいでた江南の松本さんの姿に、なぜか私の青春時代が蘇ったのである。これも歳老いたせいなのか?

 けさのニュースは【オブザーバー参加見送り 核禁条約会議で政府調整 与党議員の派遣検討】【対米配慮優先変わらず 核なき世界実現へ葛藤】【竜・小笠原 大リーグ入り ナショナルズ2年5・5億円】(いずれも中日新聞の朝刊見出し)か。ただ、政府はどうして核禁条約会議にオブザーバー参加できないのか。そこが分からない。日本は、世界でも唯一の被爆国なのに。なぜ。なぜなのだ。なぜなのか。オブザーバー参加をした方が良いのに。なぜなのだ。と。私の疑問は消えない。

(1月25日)
 第217回通常国会が24日召集され、石破茂首相が衆参両院で昨年10月の就任後初となる施政方針演説を行い、看板政策「地方創生2・0」を「令和の日本列島改造」と位置付け、5本柱の政策実現をめざす、と表明した。

 25日昼。ひさしぶりに和田の実家近くの喫茶「山手珈琲」へ。そこでランチを食べ、ここから扶桑のイオンへ買い物に。ここで夕食を買い、帰りに私の両親によって残された私たち家族の土地であり、畑でもある【エデンの東】に寄って帰宅する。
 この【エデンの東】。舞(たつ江)が元気でいたころには、ふたりでよく早朝に出がけ、一緒に草を刈って、ナスやタマネギ、葱、サツマイモ、時にはスイカなども育てるなど農作業を共にした、大切で忘れられない土地でもある。私が、かつて現役の記者時代に和倉温泉がジャズフェスティバルを誘致するに当たって七尾商工会議所メンバーが米国西海岸を訪問、米国西海岸のフィッシャーマンズワーフなどを見て歩いた際に同行取材。当時、世界のジャズ王と言われたジミー・ライアン氏に西海岸のモントレーで単独会見したことがあるが、その際に足を延ばした米国の大地・エデンの東のロケ地に何となく似ていた。こうした過去の事情もあってか、勝手に名付けた私と舞(たつ江)の大切な土地、それこそが【エデンの東】なのである。

(1月24日)
 金曜日。トランプ米大統領が23日、1963年のケネディ大統領暗殺に関する文書の機密指定を解除し、国民に公開する大統領令に署名。ケネディ氏の弟のロバート・ケネディ元司法長官や、公民権運動指導者キング牧師の暗殺に関する文書も対象で、大統領執務室で署名、「多くの人が長年待ってきた。全てを公開する」と記者団に述べたという。

 午後。社交ダンスのレッスンで一宮のスポ文(スポーツ文化会館)へ。桑名の水谷さんは、奥さんとドバイへ旅行中なので、水谷さんの相棒であるエサちゃん(江崎さん)は、どこかチョット寂しそう。一方で、正月早々からの頭と腕のケガで休んでおいでた悦ちゃんが無事、復帰。その分、活気が出て来た。そんな気がするのである。ことしも、みんな元気で仲良くステップを踏めれば、それに越したことはないーと私は勝手に思っているのである。
 この社交ダンスのおかげで私の体力は健全に維持されている。そんな気がする。何よりも【社交ダンスの続行】は私の健康を何より思ってくれた亡き舞(伊神舞子)から私への生前の遺言なのである。というわけで、私の場合は、若先生が健在な限りは、この先も続けたく思っている。

(1月23日)
 木曜日。昨夜、きのう22日午後8時過ぎに発生した長野市のJR長野駅善光寺口での男女3人刺殺通り魔事件(うち男性1人が死亡)で長野県警は23日、現場から逃走したとみられる20~40代の男の画像を公開。週刊誌や新聞、ラジオ、テレビなど各メディアで連日、女性との性的トラブルが報じられていたタレントの中居正広さん(52)が23日付で引退する――とファンクラブ向けのサイトで発表。

 いろんなニュースが連日、沸騰しているが、こうしたなかでやはり【ドジャース佐々木背番号11 入団会見 「身が引き締まる」】(23日付中日夕刊)の報道には目が行ってしまう。と同時に東日本大震災の被災地から生まれ出た最速165㌔を誇るプロ野球ロッテの佐々木朗希投手(23)の今後には心からのエールを送りたい。がんばって。朗希。この気持ちは被災地の人々の誰とて同じに違いない。

 【福島で地震相次ぐ 未明に震度5弱 、朝には4 桧枝岐(ひのえまた)村】の記事が気になる。

(1月22日)
 水曜日。金山のペインクリニックへ。かつて私が70歳になったかならないころに今は亡き妻の舞子(たつ江)が当時、不調だった私の体調に気付き、私に付き添って初めて連れて行ってくれたペインクリニック、それが金山ペインクリニックである。
 当時は眉の上の眉間に時折、強烈な痛みを伴った亀裂・光りの如きものが走り、初めて訪れたが、いらい血圧の薬が切れる頃に訪れ、診療をして頂いている、私にとっては、とてもお世話になっている頼りがいのあるクリニックなのである。というわけで、1~2カ月に一度は定期診療に訪れ、春と秋には血液検査もして頂いており、いまでは私にとっては欠かせぬ、お医者さんなのである。
 医師の川瀬先生もやさしさに満ち溢れ、本当に頼りがいのあるお方だ。舞が元気なころはいつも彼女が私に同伴し、私の体調保持を計ってくれていたのである。そうした経緯があるだけに、私は薬(高血圧など)が切れるころを見計らって今ではひとりで、このクリニックを訪れている。おかげで、このように健康でいられる。別れ際の川瀬医師の言葉は「休肝日を週に2日。それから運動をするようにしてください」だったが、これらは出来る限り、守らなければ-と思っている。

 きょうの中日新聞は朝刊が大統領のトランプさん一色。そして夕刊は米国野球殿堂入りが決まったイチローさんのことが大きく報じられていた。具体的には朝刊が【米国第一第2幕 トランプ大統領就任 「黄金時代が始まる」 大統領令連発「独裁」予告通り 移民送還、パリ協定・WHO脱退】【劇場復活 歓喜と寒気 トランプ大統領就任 米国にもっと尊敬を 移民強制送還に恐怖】、同夕刊が【イチローさん 米殿堂 候補1年目で偉業 3089安打、走攻守で活躍 アジア人で初 満票1票足りず 「全く想像できなかった」】といった具合である。

(1月21日)
 小牧市の元市議会議長川島公子さん、滝高同窓生の伊藤優くんとかねてからの約束どおり、小牧市内の日本料理店「仲良し」で久しぶりに談笑を兼ね、食事をした。この日は先の総選挙に国民民主党から出馬、初当選した福田さんも同席され楽しい会となった。何もかも川島さんのおかげで、料理もおいしく、とても楽しく意義深い会となったのである。これひとえに川島さん、伊藤君のおかげで心から感謝したのである。

 川島さんは、現在満82歳。それでも、私が小牧在任時と変わらない若さと美しさで「ガミちゃん。あたし、次は市長をめざしてみたい。どう思う」の言葉には、頼もしささえ感じたのである。と同時に彼女が市長になれば「市民一人ひとりが、きっと幸せになるだろうな」と思った次第だ。
 こんごの彼女の活躍ぶりを注視したく思う。

(1月20日)
 月曜日。「大寒」である。でも、そのわりには、少し暖かい。
いずれにせよ、春の足音が近づいてきていることだけは確かだ。きょうは、中日新聞の江南通信部に行き、近藤晶記者にお会いしてきた。先日、晶さんのご両親にお会いした際、ごちそうになってしまったのでそのお礼を言わなければ-と大口屋さんの銘菓「武功夜話」を手に、伺ったのである。
晶さんは私が小牧通信局長のころ、当時、小学生だったが。社のカメラマンだった父親(正さん)に手を引かれ、通信局においでになったが、私はあの時のことを鮮烈に覚えている。それだけに、なぜかとても懐かしく感じたのである。世の中には、こんな不思議な再会もあるのだな、と思った次第。どちらに似たのだろうか。笑顔が、とてもチャーミングで、やはり、あの優しくて美人のおかあさんに似ているなっ、と思った次第だ。彼の原稿は連日、中日の紙面で拝読しているだけに、より身近に感じたのは当然のことである。

 夕刊(中日)は、<やっと>とでも言えようか。【ハマス人質3人解放 イスラエルも90人 ガザ停戦 履行焦点 群衆歓喜「最後の1人まで】がトップ。次いで【トランプ氏、首都凱旋 大統領就任控え「米を再び偉大に」】【TiKToK禁止回避 トランプ氏、大統領令へ サービス再開】といったところか。日経夕刊は【トランプ氏、就任前に演説 「米、4年間の衰退に幕」化石燃料の開発拡大】といった内容である。

2025年1月19日
 日曜日である。きょうも寒い。
 いつものように朝起きると、亡き舞(たつ江)と約束している【エーデルワイス】【みかんの花咲く丘】をユーチューブで聞き、引き続き昨年10月21日に車に轢かれて死んでしまった愛猫シロちゃんと毎朝、一緒に耳を傾けた能登半島復興応援歌【能登の明かり】にも耳を傾ける。どの曲も私たち家族にとって思い出深い歌だけに、共に口ずさむうち、舞のこと、母のこと、そしてシロちゃんのことを思い出し、涙がとめどなく落ちてくるのである。

 そして。昨日、ピースボートの友から送られてきた本州と四国をまたぐ明石海峡大橋の名画。かつて舞が1行詩の盛んな神戸を何度も訪れ、1行詩仲間にお会いしに-と共に神戸を訪れた際に足を延ばし一緒に見たあの明石海峡大橋の前に立ち「すごいね」「すごいよ」と語りあった、あの日のことが不意に思い出されもしたのである。
 そんなわけで、私と舞がふたりで神戸を訪れた日は、舞が脳腫瘍の大手術を克服、少し元気が出てきたころで「あたし、どうしても明石海峡大橋が見たくって。1行詩仲間にもお会いしたいし」との要望に「じゃあ、一緒にいこうか」と神戸をふたりで訪れ、その足であの日、私たちふたりにとってはあこがれでもあった明石海峡大橋の下に立ったのである。
 その忘れられない堂々たる景色を今、目の前で見れるだなんて。私は心から、その友に「ありがとう」とつぶやいていた-のである。

 けさの新聞は【ガザの停戦合意 イスラエル承認 きょう発効、人質解放へ】【地盤沈下「リニア工事起因」 JR東海、補償対応へ 瑞浪で説明会】【新指導要領で初 共通テスト開始 大幅再編、きょう「情報」】【トランプ氏の長男ジュニア氏 グリーンランドで「接待」 現金配布の疑いも】【尹氏令状審査に出頭 ソウル西部地裁 逮捕の可否判断】(19日付、中日)といったところか。

(1月18日)
 けさの新聞は、やはり6434人が亡くなった1995年1月17日午前5時46分に起きた30年前の阪神淡路大震災に関するものが目立った。

【追憶 今だからこそ 防災・減災「スタートラインに」阪神大震災30年 兄を亡くした29歳教諭 経験なくても伝えていける】【震災30年の神戸 七尾の高校生訪問 復興の希望 能登へ 「語り継ぐ 自分たちが」】(中日)【30年 寄り添い前へ 謹慎大震災】(毎日)の見出しが胸に迫り、活字が涙を誘うのである。でも、起きてしまったことは、今さらどうしようもない。それより、何よりも万が一への備えをしっかりしておかねばと新聞を読みながら思った次第である。

 正午のNHKラジオのニュースのあと。「こんにちは 昼の憩いです」のアナウンサーの語りは、やはり、なんだか心身とも洗われるようで気持ち良きものである。思えば、いまは悲しくも、もはや、この世にはいない、わが家の愛猫シロちゃんが大好きなコーナーであった。デ、今なお、シロと一緒に聴いているような、そんな気がしてならないのである。

 入試シーズンの幕開けとなる大学入試共通テストがこの日、全国651会場で2日間の日程で始まった。出願者は昨年より3257人多い49万5171人で7年ぶりに増えたという。プロ野球ロッテの佐々木朗希投手(23)が17日(日本時間18日)、米大リーグで大谷翔平(30)が所属するドジャースへの入団を自身のインスタグラムで発表。「とても難しい決断でしたが、野球人生を終えて後で振り返ったときに、正しい決断だったと思えるよう頑張ります」とつづった。
 佐々木朗希投手は、ずっと前から私も大好きな投手だけにぜひとも頑張ってほしく願う。

 夕刊は【TiKToK規正法「合憲」 トランプ氏の判断焦点 丁iKToK「アプリ停止」示唆】【ガザ停戦合意承認 イスラエル閣議、あす発効】【マスク氏「X」欧州が警戒 極右応援で政治介入】【大学共通テスト始まる 歴史総合や公共 初出題】(いずれも18日付日経夕刊土曜版)

(1月17日)
 金曜日。世のなかは、川の流れの如く、きょうもモノいわず、いずこかへ、と勝手に動いていく。そのなかで私たちは誰もが行く道を求め、歩いていくのである。「希望」という名の道を求めて、だ。終わりのない道を、である。そして。ボク自身も、また汽車に乗る。見知らぬ街で、見知らぬ誰かとすれ違いながら。「返事のない旅」をだ。悲しいだけが私の道、隣の道にあなたがいれば、と願ってだ。
 わたしの旅はきょうも。今また始まるのである。

 ニュースの方と言えば、だ。【阪神大震災きょう30年 がんばろうKOBE イチローさん「今も特別な場所」「子どもに伝えたい」】【イチロー・岩瀬さんら 野球殿堂入り】【照ノ富士引退へ】の見出しが光る、そして。国際情勢では【ガザ停戦合意 19日から6週間 イスラエルとハマス人質解放へ】(いずれも17日付の中日1面見出し)の見出しが光る。

(1月16日)
 木曜日。朝からタクシーで一宮自動車学校構内の一宮交通安全講習所へ。この日、愛知県警本部の運転免許課から昨年夏、私が江南市内で起こした人身事故(自転車との出合い頭衝突で自転車の女性が足に重症)に関連しての出頭通知=運転免許の停止処分30日=があったためで、この日はしっかりと講習(実技含む)を無事、受けて夕方、タクシーで帰った。

 帰宅して見る夕刊(中日)は【ガザ停戦合意 6週間、人質解放へ イスラエルとハマス】【犠牲者忘れない/夢の気分/恒久停戦を 住民思い交錯】【<阪神大震災30年> 亡き兄の志継ぎ同業に 兵庫・姫路の学校職員 被災体験語り継ぐ】【営業時間内も窃盗か 三菱UFJ行員 電源切り金庫入室】【自分除く3人へ 報酬配分を提案 東京女子医大元理事長】(いずれも中日)といった内容である。
 なんだか、このところ女性の犯罪が目立つ。なぜなのか。わからない。

(1月15日)
 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が15日、逮捕状執行に際して国民向けの談話を発表。「不幸な流血事態を防ぐため不法捜査ではあるが高位公職者犯罪捜査処(公捜処)への出頭に応じることにした」と述べた。ユン大統領は同日午前、公捜処が入る政府果川庁舎に向かう前に国民向けの談話を発表。同大統領は「今朝、公捜処の捜査チームが警護の保安区域を消防装備を用いて侵入する様子を目の当たりにした」と述べ、この決断の理由を説明した、という。―これは午前中、私のネットに入った速報である。

 というわけで、中日新聞の夕刊1面トップは【韓国大統領を拘束 現職初内乱首謀疑い 捜査本部 逮捕・起訴焦点】【尹氏「流血事態防ぐため」】との活字が躍った。ほかには【米証取委マスク氏を提訴 ツイッター株不開示疑い】【関税徴収の組織創設へ トランプ氏20日設置表明】【遺族ら慰霊 安全安心願う 軽井沢スキーバス事故 9年】というものだった。
 世の中は、時代は。いつもこのように知らん顔をして流れていくのである。人間たちが叫ぼうが、あげこうがだ。自然界は、そんなことは知った事ではない-とでも言いたげである。

(1月14日)
 社の大先輩で満91歳。永遠の美少年、すなわちカメラマン近藤正さん夫妻に小牧市内でそれこそ、何十年ぶり、かにお会いした。話せば話すほどに近藤さん夫妻ならでは、いろんな秘話を伺うことが出来、嬉しく思ったのである。「幸せ」という言葉が、この世にひとつだけあったとしたなら、だ。この日の近藤大先輩こそが、そのお手本だといっていい、そんな永遠の美少年と美少女であるような気がしたのも事実である。

 4日付のけさの朝刊(中日)は【宮崎震度5弱 津波観測 南海トラフ「基準達せず」 気象庁2度目臨時情報】というものだった。

(1月13日)
 能登半島地震を頭に、このところ密かに書き続けてきた私ならでは、の私小説【能登よ のと ―おかあさん】の初回を私が主宰するウエブ文学同人誌「熱砂」紙上で公開。今後は何はさておき、能登復興への願いをこめ、随時掲載をと思っている。体験を交えながらの私ならでは、私でしか書けない作品になればと思っている、何より、能登半島地震の復興への足掛かりになれば、と思い、出来れば、この世を生き抜くおかあさん方の姿、実像にも迫りたい、と思っている。

(1月12日)
 日曜日。能登半島地震の影響で延期されていた石川県の輪島市、珠洲市、穴水町の「成人式」が11日、2023年度に20歳を迎えた人を対象に各市町で開かれた。1年遅れとなった晴れ舞台で出席者たちは互いに門出を祝い、復興への決意を新たにした。

 小倉百人一首競技かるたの日本一を決める第71期名人位と第69期クイーン位の決定戦が11日、大津市の近江神宮で開かれ、クイーン戦は高校生では17年ぶりとなる東京都の矢島聖欄(せいら)さんが制し、名人戦でも福岡県の大学院生自見壮二朗さん(23)が3連勝で初のタイトルを獲得。同時に入れ替わるのは40年ぶり。
 愛知県が11日、常滑市の採卵用の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが発生した、と発表。常滑市内ではことしに入って感染が相次ぎ、感染は6例目。殺処分の対象は今回の1万7千羽を含め、同県として過去最多の計約59万羽に上るという。

 夜。NHK総合テレビでNHKスペシャル【椀をつなぐ 輪島塗職人たちの歳月/家全壊・車庫を工房に 心支える〝妻の言葉〟 金・銀輝く600年の技】を見る。妻を失ってなお、苦難にめげずに打ち込むひたむきさ。その一途な姿には思わず、がんばってください-とエールを送る私がいたのである。

(1月11日)
 土曜日。きょうはナンダカンダと1日、執筆に要した。
 夕刊によれば、プロ野球中日の新人合同自主トレーニングがこの日、名古屋市中川区のナゴヤ球場で始まった。ドラフト1位の金丸夢斗投手(関大)、2位の吉田聖弥投手(西濃運輸)ら8人が晴天の下、プロとしての一歩を踏み出した。

 青森県をはじめ、東北、岐阜…と、ことしは全国的に雪が深い。というわけで、中日朝刊1面には【雪背より高く】の写真入り見出しも。P説(キャプション)には「180㌢以上の積雪があった岐阜県白川村の合掌造り集落付近では10日早朝、児童が背丈を超える雪の壁近くを歩いて登校した」とあった。というわけで、この日は雪、雪、雪の記事がめだち、ほかに【日本海側で大雪 交通混乱 高速や新幹線 物流も配送に遅れ】【名古屋で一時積雪 今季最低の気温=名古屋市で氷点下1・4度、豊田市で同4度、岐阜県下呂市で同7・2度、岐阜市で同1・6度、津市で同0・3度など=】
 ほかには、天台宗(総本山・比叡山延暦寺)が10日、同宗トップを務める大樹孝啓天台座主(100)が高齢などを理由に退任する、と発表。2月1日付。生前に退任するのは2007年以来。後任の第259世座主は金乗院(佐賀県吉野ケ里町)住職の藤光賢探題(93)が就任するという。ほかには法政大多摩キャンパスで起きた【ハンマーで襲撃8人けが 法政大授業中「無視され鬱憤」容疑の女逮捕】か。

 米カリフォルニア州ロサンゼルスや周辺で7日以降、続く山火事はその後、死者が10人に。被害が大きい地域で鎮圧の兆しは見えず、犠牲者がさらに増える可能性があるという。バイデン大統領は「州の歴史で最悪の山火事だ」と述べ、AP通信によれば、これまでに住宅など1万棟以上が損壊し18万人以上が避難命令の対象になったという。

(1月10日)
 朝起きたら、外は一面の雪景色だった。この冬一番の雪の朝である。
 午後。ことし初の社交ダンスのレッスンで一宮のスポ文へ。レッスンを早めに終え、レッスン教師の若さん、それに上級のヨシコさんとで真清田神社へ。ことし1年の無事平穏を願ってお祈りをした。気が利くよしこさんの勧めで遅ればせながら新年のお参りとなったが、久しぶりの年賀には、どこか気が引き締まるようなものを感じた。「ことし1年、家族のみんなが幸せに楽しく、豊かな生活が出来ますように」と手を合わせたのである。

 夕刊は【ロス山火事「過去最悪」 米大統領 エンタメ産業打撃 保険金請求100億㌦規模も】【韓国警護庁が出頭 現地報道「衝突・流血の事態」回避】(日経)【ロス山火事損壊9000棟超 バイデン氏「州の歴史で最悪」】【日本海側中心に大雪 山形新幹線一時見合わせ 東海今季一番の冷え込み】【名神高速など 各地通行止め】【「福男選び」能登から助っ人 西宮神社「復興への希望感じた」】(中日)といったところか。 
 やはり、所詮人間たるもの。どんなにあがこうと、だ。自然に勝つことは到底出来ないのである。

 (1月9日)
 夕刊1面に【高石さん名田庄とずっと 13年暮らした地 今月追悼ライブ 「ザ・ナタ―シャー・セブン」由来 福井】【岐阜知事選2新人届け出 人口減や産業振興、争点】【トランプ新政権でインフレ進む恐れ 米FRBが議事録公表】【実質賃金減 4カ月連続 24年11月】(中日)といった活字が躍っている。
 フォーク歌手高石さんといえば、だ。昨年夏82歳で亡くなられたが、わたくしが新聞社の大垣支局長在任中に〝揖斐川マラソン〟で随分とお世話になり、食事も何度かご一緒にしたことがある。それだけに、あの底抜けに明るかった笑顔が蘇ってくるのである。
 
 大阪在住の掛け替えなき友から「ユーチューブで異世界B級グルメというチャンネルの 西成6泊7日漂流記 大阪のドヤ街で毎晩怒声を浴びながら過ごした 格安の宿、激安のご飯、お金で買えない人情がこの街にある というのを見てます。なんだか西成へ行きたくなります。」のメール。
 さっそく私も見てみる。西成は以前、新聞記者として大津にいたころから思い出すたびに、ふらりふらりと何度も訪れたことがある。それだけに、またまたふらりと訪れたくなった。情緒ある街である。あの全共闘の美人闘士で歌人の重信房子さんも時折、ふらふらふらりと訪れ今も居酒屋で飲んでいる。そんな話もある魅惑的な街だけに、また訪れてみたく思う。

2025年1月8日
 水曜日。きょうは、わたくしが大好きなエルビス・プレスリーの誕生日である。彼は1935年1月8日に米国ミシシッピー州のイースト・テュペロで生まれた。というわけで私は朝さっそく「Cant Help Falling In Love(好きにならずにいられない)」をユーチューブで聞いたのである。
 むろん、いつものように亡き妻、たつ江(伊神舞子)が生前「わたしが居なくなっても、【エーデルワイス】と【みかんの花咲く丘】だけは毎日、歌ってよ」と遺言同然に言い残した2曲、そして友人で作曲家の牧すすむさん(琴伝流大正琴弦洲会会主・大師範)と作った能登半島地震の復興応援歌「能登の明かり」(歌は岡ゆう子さん。安本保秋さん編曲)に続いて、この日は、プレスリーのこの歌【好きにならずにいられない】も聴いたのである。

     ※     ※     ※

     ☆     ☆     ☆ 
 それはそれとして、だ。きょうも多くのニュースが紙面をにぎわせている。良いニュースがあれば悪いニュースも、だ。

 夕刊は、【ノーベル賞 被団協面会 首相「長年の努力に感謝」】【AI、EV先端技術に注目 米家電IT見本市開幕(ラスベガス)】【大阪・御堂筋をホコ天に 37年実現目指す 「人集う空間 都市の魅力向上」】(中日)【グリーンランド購入へ圧力 デンマークに トランプ氏、高関税示唆】(日経)など……いろいろ報じられ、あれこれと動きつつある。

(1月7日)
 七草粥の日。妹の誕生日である。
 とはいっても、わが妻たつ江(伊神舞子)は、もはやこの世にいない。というわけで、この日がくると決まってこしらえてくれていた七草粥の存在はもはや、わたくしたち家族には遠い存在となり、ないにも等しいのである(たつ江が生きていたら「自分で買うの。かうのよ。だれかがやってくれるだなんて。思ってたらダメよ。じぶんで作るのよ」と言うに違いない)。
 けさの新聞見出しは【日鉄米大統領を提訴 買収禁止無効求める USスチールと 首相は説明要求】【「SHOGUN」4冠 真田さん主演男優賞 米ゴールデン・グローブ賞】【松山11勝目 ツアー最少スコア 驚異的 35アンダー 新パター最終日も威力】(いずれも中日朝刊)というものである。ほかに目立ったのは、能登半島地震の被災地を舞台にした真山仁さん(62)の連載小説「ここにいるよ」(挿絵は遠藤拓人さん(45))が始まったことか。期待したい。

 夕刊は、日経が1面トップ見出しで【日鉄「買収諦める理由ない」 会長会見 政治介入と批判 米労組「買収阻止は国益」 クリフスは「訴訟の準備」】【トランプ氏 「USスチールなぜ今売る? 否定的見解を投稿】【日鉄「違法な政治介入」米大統領提訴 会長、徹底抗戦を表明】…と日鉄買収問題一色の内容だ。
 ほかには【カナダ首相辞意表明 在位9年 総選挙控え支持低迷】【トランプ氏勝利 議会が公式認定 米大統領選 ハリス氏が宣言】【宝くじ当てるなら広島? 高額当選続々 関東から来訪も】【久しぶり!思わずハグ 愛知の公立小中で始業式】【中国チベットでM6.8 9人死亡】(いずれも中日)といった内容である。世の中、やはり動いているのである。いや、動いてゆくのである。

 きのう、きょうと能登半島和倉温泉在住の元七尾青年会議所理事長田尻さんから思いがけず何度も再三の電話が入る。スマホの向こうからは「いがみサン。どしとん。ほやわいね」と、あの懐かしいトーンの能登半島の汚れなき声、能登弁が聞こえてきた。苦難に沈むふるさと・能登で「何かをしなければ」といった能登魂がいよいよ、膨らみ復興に向け動き始めてきた。そんな気がするのである。わたくしも応援に協力したい気持ちでいる。

 中日の年賀式が6日、名古屋市内の球団事務所で行われ、球団の吉川克也社長がナゴヤ球場の移転による2軍の新球場建設事業に着手している旨を明かしたという。新施設開場のタイミングは、中日スタヂアムの名称で始まった球団初の本拠地球場の歴史に幕を下ろす時となる、という。

 1948年からの歴史に幕 ナゴヤ球場移転構想を報じた中日スポーツ
 

「SHOGUN 将軍」のゴールデン・グローブ賞は中日スポーツでも大きく報じられた
 

(1月6日)
 月曜日。朝だ。いつもの生活がまた静かに始まり、わが息子は定刻どおり出勤していった。「ことしも健康で幸せな何よりも楽しく充実した毎日を」と父として祈る気持ちで無言で送り出す。いつまでたっても父と子である。いつもなら、愛猫シロちゃんと一緒に送り出すところなのだが。シロは昨秋、わたくしに何の断わりもないまま旅立ってしまったので役者不足ではあるが。私ひとりで送り出す。

 お昼は、あのハッスル姉さんのいる喫茶【日向ぼっこ】へ。いつものようにランチを食べ紅茶をのんで、近くの平和堂へ。ここで私と息子の夕食を確保し帰宅したが、この間ずっと冷たい雨、あめ、アメの連続にはハンドルを握る手も湿りがちだった。運転しながらいつも思うことは、わが最愛の妻だった舞(伊神たつ江、俳人で歌人だった伊神舞子)といつも私を助けてくれた、これまた今は亡き大いなる俳句猫「白」ことシロちゃん、すなわちオーロラレインボーである。こんなわけで、きょうは1日中雨降りで、全身が寒さと悲しさで凍りついてしまいそうな、そんな日であった。

 けさの話題は何と言っても東京江東区・豊洲市場での初競りだろう。中日新聞朝刊によれば、だ。【大間マグロ2億700万円 豊洲、初競り】との一段見出しがひときわ、光った。記事にはこうあった。
ーー東京都江東区の豊洲市場で5日、今年最初の取引となる「初競り」が開かれ、276㌔の青森県大間産クロマグロがこの日の最高値の2億700万円で競り落とされた。都によると、記録が残る1999年以降で2番目の高値だという。仲卸の「やま幸(ゆき)」と「鮨(すし) 銀座おのでら」などを運営する会社が共同で落札した。

 ほかには本日の中日夕刊の【大波小波 昭和百年の作家たち(佐助)】がすこぶる良い。その最終部分をここに記しておこう。
―昭和百年である。存命する元日本軍兵士もわずかとなってしまった。縁日から傷痍軍人が姿を消して久しい。その一方で全世界いたるところで戦争が勃発し、解決の手だてが見つからずにいる。日本は今や「戦前」を迎えようとしているという声もある。三島と丸谷の双方を見据えることで、日本人は何を学ぶか。(佐助)

 そして。【9連休終え仕事始め 企業、官公庁 万博、世界陸上イヤー】【「あいち銀」発足祝う】【大発会東証は続落 一時500円超安 米株安が波及】(中日夕刊見出し)【ゴールデン・グローブ賞 真田さん・浅野さん受賞SHOGUN】(日経夕刊見出し)といったところか。

(1月5日)
 小寒(しょうかん)。きょうは寒さが増してくるころで「寒の入り」。これから節分までが「寒」。寒中見舞いを出し始める時(二十四節気)だという。

 暦とは正直で、きょうは本当に寒くて各地とも今シーズン一番の寒さとなった。 
 朝。居間のガラス戸を開けると、縁側に亡き愛猫シロちゃんといつも一緒だった2代目こすも・ここ(愛称はタンゴ)ちゃんが、静かな表情でこちらにやさしいまなざし、静かな視線を向けてきた。「おはよう」というと、タンゴはさらに目を大きくし「オトン。おかあさんもシロも死んじゃって。大変だけれど、負けないでね。アタイがいるから元気を出すのだよ」といった表情でまるで、私を慰めるかの如く憂いに満ちた、かわいい静かな視線を投げかけて来た。あぁ~、タンゴにはオトンの悲しみに満ちた目がわかるのだ、となぜだか感動した次第である。

 シロお姉さんはいなくなってしまったけれど。オトン、シロの分まで楽しく幸せに生きていこうねーとやさしい目を注いできた2代目こすも・ここ(愛称はタンゴ)ちゃん
 

 シロたち先代のお墓にも食事が供えられた
  
     ※     ※     ※               
     
     ☆     ☆     ☆
 朝刊によれば、世界最高齢だった兵庫県芦屋市の糸岡富子(いとおか・とみこ)さんが昨年12月29日午後9時3分、老衰のため入居していた特別養護老人ホームで死去していたことがわかった。大阪市出身。116歳だった。葬儀は4日に行われたという。糸岡さんは1908年(明治41年)5月23日生まれ。2023年12月に当時116歳たった大阪府柏原市の女性の死去に伴い国内最高齢に。24年8月、世界最高齢者としてギネス記録に登録されていたスペイン在住の女性が117歳で死去し、糸岡さんが新たな最高齢者としてギネス記録に認定されていた。糸岡さんは乳酸飲料カルピスが好きで、100歳を過ぎてからも趣味のウォーキングをしていたという。

 そして。ほかのニュースといえば、だ。やはり能登半島地震のその後で【一般住民、中心部や高台へ 能登6集落集団移転検討 「海好きだが、津波考えると…」】の記事が気になる。

 というわけで、ことしのお正月もアッという速さで過ぎ去り、きょうは早くも5日だ。午後4時から東海テレビで江南市制70周年記念ドラマ【ようこそ 家族のかたち】を見る。
 
(1月4日)
 早いもので新しい年も早や、4日である。
 朝刊(中日新聞)は、やはり【青学大大会新で2連覇 箱根駅伝 「最高」選手層圧巻の独走】をはじめ、【尹大統領拘束できず 韓国高捜庁着手 警護庁が抵抗 刑訴法を盾に膠着状態】【能登半島1年・阪神30年 震災世論調査 倒壊への備え進まず 自宅耐震化48%】【米、日鉄買収禁止を命令 USスチール巡り 大統領正式発表】という内容だった。

 なかでも通風筒は、能登の伝統行事である「アマメハギ」を伝えるもので次のようなものだった。
 
 
(1月3日)
 朝から、とても寒い。正月も早や、3日だ。息子夫妻らと食事後、江南市内の臨済宗永正寺の永代供養墓へ。ここで手にしたスマホで私と友人の牧すすむさんとで先に作った能登半島地震の復興応援歌【能登の明かり(作詞伊神権太、作曲牧すすむ、編曲安本保秋、歌は岡ゆう子)】を流し、みんなで今は亡き舞(静汐院美舞立詠大姉、伊神舞子)の墓前に手を合わせたのである。長男夫妻は、その後、新幹線で名古屋から川崎へと帰っていった。久しぶりに顔を見る家族には互いにホッとしたのである。

 新聞は相変わらず【能登地震追悼式 1年鎮魂と誓い】(毎日)【復興の道「地域と共に」 能登半島地震1年追悼式】【ただいま一緒に、前へ 珠洲妻子4人と親族犠牲 元日被災宅を初訪問】(中日)など。やはり能登半島地震に関するものが多いが、中には【米車突入テロ15人死亡 ニューオリンズ 現場にIS旗 トランプホテル前テスラ車炎上 ラスベガス】(毎日)といった物騒なものも。まったくもって、この世の中、新春早々から何が起こるか知れたものでない。

 私が脱原発社会をめざす文学者の会ホームページで月に一度、執筆している文士刮目の連載第44回目の【令和AI(人工知能)に聞く「新しい年 世界はどうなる」】がきょう公開された。1人でも多くの人びとに読んで頂けたら、と思っている。アドレスは次のとおりである。
 https://dgp-bungaku.com

(1月2日)
 シロちゃんといつも一緒だった半のら2代目こすも・ここが午前10時ごろ、ことし初めて顔を出し前もって置いておいた食事を、おいしそうに食べてくれた。とても嬉しくなり「ことしも、よろしくね。あけましておめでとう」と声をかける。「ニャア~ン。ニャン。ニャン。昨年は、オカンにシロ姉さんまで亡くなってしまったが、おとうとオニンもげんきでね」と甘えた声で2代目ここ。 

 新年早々から少し不思議なお方とお会いした。愛知北エフエム放送の栗本孝平さんである。彼によれば、岐阜の柳ケ瀬商店街で最近、能登半島地震の被災地である輪島の朝市が開かれており、出来たら柳ケ瀬商店街で能登復興を願ったイベントを開きたい。ついては【長良川】を歌っている演歌歌手、岡ゆう子さんに柳ケ瀬まできて頂いてうたってもらいたい-と思っているというものだった。
 岡ゆう子さんといえば、牧すすむさんと私とで作った能登半島復興応援歌【能登の明かり】の歌でも最近、じわじわ人気を膨らませている期待の演歌歌手だけに、柳ケ瀬での歌謡ショー実現に向け、地元岐阜柳ケ瀬商店街振興組合連合会との間で岡さんの歌謡ショーを実現させたい-というものだった。岡さん出演となれば当然、能登半島地震と豪雨水害に対する復興応援歌も唄ってもらえれば能登復興は無論、柳ケ瀬商店街の活力増強にもなるのでは-という相談であった。
 私に異論があるはずもなく、私は栗本さん発案によるこの歌謡ショーが実現し、柳ケ瀬の復興にも役立つ催しになれば、それはそれで一挙両得ですばらしい試みだ。実現するとよいですね、と答えたのである。さて、この試み今後どうなるのか。大いに関心を持ち協力できるところは協力すべきだ、と。そのように思ったのである。

 イスラエルとハマスの交戦、新年早々から続く。

2025年1月1日
 元日である。
 朝刊は各紙ともわたくしたち家族が大好きな能登、のと、能登半島で明けた。
 長男夫妻が用意してくれた能登半島は七尾市和倉温泉「加賀屋」のおせちを囲んで談笑が弾んだ。むろん、今は亡き妻たつ江(伊神舞子)と俳句猫シロちゃん=俳号<白>=(オーロラレインボー)も遺影姿で家族みんな一緒に、である。

 舞もシロも加わっての楽しいお正月
 

 食膳には加賀屋さんのおせちも並んだ
 
 

 室内には、岡ゆう子さんが歌う能登半島地震と豪雨水害からの復興応援歌入り賀状も置かれた
 
 
 紙面を開いて読んでいて、昨年の1月1日午後4時10分に起きた能登半島地震の被害の多さと深刻さをあらためて痛感。この巨大地震がとてつもない揺れと地盤沈下。そして隆起、津波に液状化現象による被害を与えた事実を今では誰もが知るのである。

 ここに元日の中日新聞の1面記事【地震発生1年 明るい未来願い 避難所や仮設に今も2万2000人超】と、軟派・社会面トップ記事【優しさいつもそばに 能登地震1年年越しルポ 仮設住宅の男性育んだ縁】【新しい年 どうか穏やかに】のリード(前文)部分を、それぞれ記録として記しておく。
――能登半島地震は1日、発生から1年を迎えた。石川、富山、新潟3県で504人が亡くなり、なお2人の行方が知れない。昨年9月には記録的豪雨も重なり、16人の命が奪われた。石川県内では地震と豪雨で市町の避難所や宿泊施設にまだ約250人が身を寄せ、少なくとも約2万2500人が仮設住宅や公営住宅などで暮らす。能登地方には再び本格的な冬が到来したが、復旧はまだ道半ばだ。
――あの日から1年、能登半島地震の被災地は、鎮魂の元日を迎えた。町には倒壊家屋が残り、仮設住宅での生活は続き、復興はいまだ見通せない。「2度と災害が起こらず、おだやかにすごせます様に」。今年は阪神大震災から30年。再生を果たした神戸から届いた「希望の灯(あか)り」が同じように傷ついた能登の闇を照らし、被災者たちを勇気づけた。