「朝だよりありてい」 真伏善人
朝、目が覚めて起きあがる意思のできるまでが、ぐずぐずおよそ二十ぷんくらい。くらくらしながらベッドから離れて、新聞をそっと寝室に持ち帰り、カーテンの閉まったままで枕もとの灯りを点ける。
仰向けで第一面の見出しをうつろに眺めていると、まぶたの重さで直にコラムへ。横長欄をジグザグと判読。で右から開き始めて目を泳がせ、気の留まる見出しをじっと見つめて、三センチばかりの吐息。以下三面記事をめくると、あとはテレビ番組欄。昨日のできごとや主義主張、それにイベント、生活情報などがなんとなく頭に入ればそれでよしか。
朝食の合図があって、いつものメニューを、いつもの箸使いでいただく。休日は出勤するよりもずっといい。でもう一度ベッドのお世話になって、ラジオのイヤホンを耳の穴にこそっと入れる。ニュース、気象情報と道路交通情報の二度目が流れたところで、ゲタップ。
さてと、とこの時間帯に欠かせないカフェンの摂取に出かける。カフェの重いドアを引いて左横にあるラックから適当な新聞を選び、十数席あるいびつな楕円テーブルに席を取る。アメリカンコーヒーが、ソッコーでくるのを横目にして、他社の新聞に目を通す。社による解釈、色合いの違いがこの自分にも判って、こりゃなんだろうと表現の自由さを思う。
うしろでのおだやかな笑い声と語り口に耳を傾けると、高齢者たちの田畑や花づくりの話題。いい時間を過ごしていて羨ましいと、適温になったコーヒーをすする。
ここまでの「朝だより」で、目覚めてからの気持ちが五割埋まる。レジをすませ、残りの気持ちを埋めてもらうべく、うす汚れた自転車によいこらせとまたがる。
道すがら、この間遇った茶トラの猫はいずこにと、露地また露地へとハンドルを操作。目を配り、耳を澄ませど姿はおがめず、残念至極。マイナス一割。
共同住宅に戻って、未だに炬燵のある小居間へ。まだまだこれにかぎると座椅子にもたれて、今日の折り込みチラシの情報チェックを開始。ちなみに一週間の傾向は、
日曜 食品スーパー、求人案内、観光旅行
月曜 ぱちんこ、生命保険
火曜 ぱちんこ、ドラッグ、食品スーパー
水曜 ぱちんこ、ホームセンター、大手スーパー
木曜 ぱちんこ、ハンズ、飲食、ジュエリー
金曜 ぱちんこ、車、不動産、飲食、ジュエリー
土曜 ぱちんこ、家電・洋服・スポーツ用品量販、不動産、車、家具、携帯
と、まあこのような按配。中でも土曜のチラシの多さははんぱでなく、手にすると思わず笑みがこぼれてしまうほどの超重さ。こんなやりがいのある仕分け作業には、普通でない幸せを感じてしまう。しかし気は引き締めて、色鮮やかなキャッチコピーに惑わされないようにと、査定は厳しくマジでする。どうせ相手はぺらのチラシであるから容赦なく、ウソつくな、ありえん、サギだを連発しても、いえ本当ですなどと言えるでなし、ストレスの大発散にもなり、なにか勇気がわいてくる。プラス四割。
ここで調子にのらず、あと二割。呼吸を整え、起きてからの「朝だより」もろもろを今一度、手回しミキサーにかけて、結果、昼からは出かけるに及ばずのお告げ色が出れば引きこもり、読書とギターと雑記整理にする。これ加算ゼロ割。行くに値色ならば、さっそく行動をシミュレーション。足は電車か車か自転車か。そして着て行くものはどうするねん。履いてく物はどうするねん。折り合いつけば三面鏡の正面へ。これで嬉嬉の積算十割。 このように、休日は「朝だより」なしでは、心が満たされぬようになって久しい。