「回る回る 回転ずし」 眞鍋京子

 花の季節がやって来た。ここ大津市の「たんぽぽの里」でも花見の計画がなされているがここの入居者は高齢者が多く足の不自由な者が殆どで車椅子の世話にならなければならない。でも一回の花見でも利用者はその日を待ちこがれ、当日の顔の色は部屋にいる時とは違った喜びが溢れてくる。
 施設長は何とかして外へ出るチャンスが与えられるよう考えた。そして思いついたのが入所者を回転ずしへ連れていくことであった。
①外へ出る事の喜び
②食事をすることの喜び
③自分の好みの寿しを回ってくればつまみあげる
④つまみ上げるのには工夫がいる
 これだけの事が出来るかどうか施設長は頭を悩ました。でも、当たって砕けろ―という諺がある。先ずは手をつけなければならない。

 ぐるぐる回ってくる紙小皿のすしを急いで拾いあげる。自分の好きな寿しを持ち上げる、拾い上げることができるかどうか。ぐるぐると回ってくる小皿を素早く取り上げることが出来るかどうか。施設長はじめ職員たちは事前に何度か寿し店へ下見に行く。そして、お店の主人にたのんで何台かの動力機械の速度を実際に素早く緩めてもらう。店のご主人の厚意で、そのはやさを何度か加減してもらったりした。一回のおすしを頂くのに、こんなにも皆さまの〈縁の下の力持ち〉の協力があることをしみじみと実感。協力にひと役買ってくださった店の主人はあらためて施設長をはじめとしたスタッフへの感謝の気持ちをあらわした。

 そして。いよいよ当日が来た。
 幸い天気もよく施設の利用者は朝からうきうきし「花見だけの外出だったら寂しく思うが、きょうのように珍しい回転してくるお皿のおすしが食べられるとは。なんて幸せなことや。でも回ってくるお皿のものを拾い上げるだ、なんて。そんなことしたことない。チョット心配やなあ」の声のなか「付き添いの職員たちもいるから、心配しないで。上手に食べさせてあげるよ」などといった声が飛び交った。
 実際、回転ずしはまだ市内で出回っているところは少なく、特に施設の利用者となると、家族が訪問して連れ出してくれることもなく、恵まれてはいない。

 その日。事前に打ち合わせした速度でテーブルは回り始めた。自分の好みのすしをすぐつまみあげ、口に持ってゆく者、取り損なって職員が陰からつまみあげている姿も見られる。まぐろ。鯛。とろ。えび。たこ。うに。なまこを始め次から次へと回る、回る。皿の上のすしにもなれてきて自分の好みの皿のものがうまく皿に移せるようになってくる。緊張していた顔も笑顔になり微笑みながら自分の好みの魚が回ってくるのを待っている。帰りの車の中でも回る、回る、まわる回転ずしの話で持ち切りだった。

 きょうのように楽しいことはなかった。回る、回る――お皿の上の好きなお寿しを取るって、どんなにむずかしいことかしら、と思っていたが「たんぽぽの里」の職員さんが丁寧に教えて下さったので、できた。実際、あんなにいい事はなかった。また連れて行ってくださいね、と口々にお礼を言った。
 施設長は始め大胆な計画ではないのか、と案じていたが生むがやすし、と言われるように本当に決断してよかった、と思った。でも、その陰には寿し屋の店長さんが機械の運転を止めてまで本日の行事に尽くしてくださったことに心から感謝しお礼を申し上げたい気持ちでいっぱいであった。

 車は夕日を浴びて瀬田川沿いの「たんぽぽの里」へと帰り着いた。楽しい夢を見て、その夜は皆、休んだ。(完)