「癖の治し方」 黒宮涼
私には爪を噛む癖がある。
うんと小さなころからあるその癖は、大人になった今でも治らないでいる。
どんなときにその癖が出るかというと、考え事をしているとき。こうして書き物をしている間も、思考が始まると気が付いたら手が口元にあるという状態だ。
自然に治るものだと思っていた時期もあったが、そうでもなかったようだ。
かつて、私にはもう一つ癖があった。それは治そうと思って治した癖だ。
あれは幼稚園に通っていたころ、私は自分のことを「どどちゃん」と呼んでいた。
「どどちゃんねぇ」と、話を始める前に必ず言ってしまうのだ。意識する前はそれが普通のことだと思っていた。
あるとき、自分の呼び方で同じ組の女の子に笑われることがあった。
「どどちゃんだって」
くすくすと笑っている姿が今でも鮮明に思い出せる。
年長組にもなって自分のこと「どどちゃん」なんて呼んでいるなんて。そう言われているようだった。笑われたことが恥ずかしくて私はじっと地面を見つめて決意した。
一人称を「あたし」にしよう。
何故「私」ではなく、「あたし」だったのかというと、そのほうがかっこいいと思ったからだ。何かに影響を受けたのだと思う。
具体的にどうやって治したのかというと、「どどちゃん」という言葉が喉から出かかると、頭の中で「あたし」に直してから、口に出すようにした。
そうしていたらいつの間にか「どどちゃん」という癖はなくなり、「あたし」や「私」という人称が自然に口から出るようになった。
この経験があったので、癖は努力すれば治せるということを私は知っている。
今は笑い話にできるし悪い癖だとも思わないが、当時は必死だった。
これは後から聞いた話で私自身は覚えていないのだが、「どどちゃん」以外にも自分の呼び方があったらしい。つまりは自分の名前を正しく発音できないままに自分のことを「どどちゃん」と言っていたということだった。それを家族から聞いたとき私は、可愛い子どもだったのだなと他人事のように思ってしまった。
爪を噛む癖も治そうと思ったことは何度もあった。
指が口の中に入るのでそれが原因で腹痛を起こしたことがあった。菌が口の中に入るので当然だ。この話で思い出したが、一時期足の爪を噛もうと試みたことがある。頭がどうかしていたのだろうか。流石にこれはわざとやったことだと思うので、癖にはならなかった。お腹を壊したのは言うまでもない。
爪を噛む癖を治すために手袋をはめたり、マニュキアを塗ってみたりしたが、どうにも落ち着かなくて無理矢理噛んだり、はがしたりした。結局、治らなかったのである。
近頃、最も効果的だと思ったのは、ガムを噛み続けることだろうか。これも噛みすぎは良くないのでほどほどにしている。
良い癖、悪い癖、治る癖。治らない癖。色々あるけれども、健康には気をつけようと思いながら私は今日も自分の爪と格闘しているのであった。 (完)