連載小説「死神の秘密〈その7(最終回)〉
(これまでのあらすじ)
死神になってしまったユタは、監視者のサク。女の子なのに一人称が『僕』のシノ。双子の元気な女の子ミキと、無愛想なミナト。そんな死神の仲間たちと共に草葉荘で暮している。
自殺しようとしていた少女の百合子と出会い、ユタは彼女を救おうとするが、一方で百合子はサクから死神の秘密を教えられる。
もう一度生きたいと答えを出したミキとミナトの消滅。百合子の嘘をついていたという告白。両方にショックを受けたユタは魂の回収に失敗してしまう。
死神の仕事を通して生きる意味に気付いたユタは、気を失う。次に目覚めると病院にいた。ユタは自殺未遂者が死神にされていたと理解する。しかし、真実に気付いたシノはまだ眠っている彼女自身の体を殺そうとしていた。ユタはそれを止めるために危険を冒し、シノを救う。
7
あれから、季節はぐるっと一周していた。豊たちはその日、懐かしい場所を訪れていた。かつてここで寝食を共にした仲間と共に。
草葉荘の看板は文字がはっきりとは見えなくて、外観もすごく悪い。こんなにボロボロだったのだろうか。ただの一年でこんな風になるものなのだろうか。そんなことを思いながら、その廃墟をみつめる。
「なあ、ここ本当に草葉荘か」
「こんなふう、だった?」
かつて双子として死神をしていた男女二人、ミナトとミキが、仲良く手を繋いだまま言う。ミキの指には、婚約指輪がはめられている。ダイヤモンドがきらきらしていて、豊かには眩しかった。
「間違いないですよ。ねえ、ユタくん」
かつて女の子として過ごしていた彼(シノ)が、豊に確認するように言う。
「そのはず、なんだけど。これはちょっと、さびれ過ぎ」
豊は困った顔をして言った。
今でも、あれは夢だったんじゃないかと時折思う。けれど、こうして繋がった縁を見ると、現実だったとも思う。
「ねえ、せっかくだから写真撮らない?」
ミキの提案に、全員反対しなかった。背の小さいミキを真中にして、その隣に当然のようにミナトがいて、両脇にシノと豊が立った。
「ちょっと待って、誰が写真撮るんだよ。全員並んでどうする」
ミナトのツッコミがすかさず入る。
「そうだよ、どうするの」
カメラを持ったまま、ミキが言った。そもそもカメラを持っている彼女が真っ先に並んだのがおかしいのだが。
「あたしが撮ろうか?」
その時、こちらに歩いてくる少女の姿があった。こんなこともあろうかと、豊が呼んでおいたのだ。彼女、百合子を。
「百合子ちゃん」
他のみんなが驚いた顔をしている。
「久しぶり」
百合子が言う。
同じ学校に通っている豊以外とは、本当に久しぶりだった。そして初めましてのシノもいる。
「シノ。約束、もう覚えてないだろうけど。やっと会わせられた」
豊は、百合子に向かってシノを紹介する。
「そうですか。彼女が。初めまして、吉川忍です」
シノがそう言って、百合子に右手を差し出した。
「初めまして。梶川百合子です」
百合子は手を握り返す。何だか不思議な気分だった。豊の目の前には、かつて死神として一緒に働いた仲間と、かつて助けようと奮闘した女の子が揃っている。半分は夢で、もう半分は現実だ。それでもいい。今はそう思える。
それから、みんなで写真を撮った。もちろん百合子がシャッターを押した。
「ほら、百合子ちゃんも入って」
ミキが言いながら、百合子の手を引っ張る。
「あ、あたしはいい」
「そんなこと言わずに、記念だから」
百合子はミキに押され、豊の隣に石像のように固まりながら立った。
「表情が、硬いですよ。百合子ちゃん」
シノが言う。
いつの間にか豊と百合子の二人で撮ることになってしまっていた。
「はい、チーズ」
シャッター音が鳴る。
豊は笑いながら、百合子のほっぺたを両手で引っ張った。後で怒られたけれど。
みんなで笑いながら、ふざけあいながら。ああ、仲間がいるっていいなと恥ずかしいことを言いながら豊たちはこれからも、きっと。この先も生きていく。
白い空間に長身でガタイの良い男、サクが、立っていた。
男は独りであったが、一人ではなかった。
誰かが眠っている。まだ若い青年だ。男は青年が目覚めるのを待っていた。目覚めた瞬間、どうやって声をかけようか考えていた。
「よう」とか「やあ」とか。それとも起きたのだから「おはよう」と挨拶した方がいいのだろうか。実は毎回悩んでいる。
この世は案外退屈しないものだと男は感じていた。いろんな人間がいて、飽きない。
青年が目覚める時間まであと十数秒。
こいつはどんなやつなんだろうか。そんなことを考えながら、男は立っている。 (完)